彼が想いを伝えてきてから数ヶ月。
彼の過保護さが益々増した気がする。
私の一日の中で彼といない時間の方が少ない。
それでも命を懸けてやっているこの仕事だ。
いつか一緒にいれる時間がなくなるかもしれない。
そんな事をふと思った私はある事をし始めた。






願掛け








朝、鳥が鳴く声と朝日で目が覚める。
朝日と言ってもまだ外は暗く微かな光だ。
それでも長年の癖で少しの光が入るだけで目が覚めてしまう。

「・・・んっ・・・朝・・・」
「おはようごぜぇます。さん」

目を開けてみれば隣には見慣れている男の顔が。
色素の薄い瞳と髪。
そして、童顔となれば私の中で一人しかいない。

「・・・・沖田。頼むから人の布団の中にまで入ってくるな」

無表情でそう言いながら爽やかな目覚めを邪魔した男の顔に拳を飛ばす。
しかし、それは当たることはなく沖田は布団から数歩先に下がった。

「全くさんの愛は激し過ぎますぜぃ」

仮にも恋人のこの男はそう白々しく言った。
もう慣れているから腹も立たないがとりあえず寝巻き姿で対応するのも嫌だ。
そう結論をつけると私は溜息をついて髪を掻き揚げた。

「・・・お前、頭大丈夫か?・・・ああ、言っても無駄か。
取り敢えずおはよう。沖田。そして、着替えるから廊下に今すぐさっさと出ろ」

満面の笑みで嫌味を含めつつそう言うと沖田は渋々ながらも部屋から出て行った。
そして、は手早く着替えを済ませる。
一度、ゆっくりと着替えていて待ちきれなくなった沖田が襖を開けるといった事があったからだ。
それも何度も。
なのでの朝は慌しい。
着替えを終えると外にいる沖田に声をかける。

「沖田。着替え終わったぞ」
「そうですかぃ。それじゃあ、失礼しやす」

そう言うと本当にすぐさま襖が開かれた。
それもいい具合にスパンっ!と音を立てて。
たぶん毎朝ああやって沖田が荒々しく開けるから
襖の立て付けが悪くなってきてるのだと長い自らの髪を梳き上げながらしみじみと思った。
腰まである黒髪がさらりと風に靡く。
すると、沖田が一房手に取った。

「なんだ?そんなに髪が気になるか?」

そう鏡越しに尋ねると沖田は指で私の髪を弄りながら目線をこっちへと向けた。

「いえ、綺麗な髪だと思いましてねぇ。
そういやぁ、さんは何故髪を切らねぇんですかぃ?」

尋ねれられた問いにそう言えば沖田には話していなかっただろうかと私は首を傾げる。
だが、別に聞かれて困るようなことじゃないと思い、櫛を置き沖田に向きなおった。

「願掛けだよ。願掛け」
「願掛けですかぃ?」

意外だと言わんばかりの表情の沖田。
まあ、確かにそういうことには無縁なタイプだから珍しいと思ったのだろう。
だが、私にも願いたいことの一つや二つはある。

「まぁ、願いの内容は秘密だがな」

私はそう言って沖田に笑って見せた。
すると、沖田は口を開けて固まっている。
いつも沖田は私が笑うと驚く。
土方曰く照れているらしいが。
そんな事を考えていると沖田も笑いを浮かべてこちらに近づいてきた。
それも邪悪な笑みだ。
このパターンは一度あった気がする。
確か以前はこのまま押し倒され、腰が立たなくなった事があった。
そう思い立った私は爽やかな笑みを浮かべたまま立ち上がった。

「さて、それじゃあそろそろ朝稽古に行こうか」
「ちっ・・・変に学習能力があり過ぎですぜぃ」

舌打ちをしながら渋々と立ち上がる沖田を見て私はやっぱりと思いながら歩みを進める。

「何をほざいてるんだ。ほら、久々に手合いをしてやるからいくぞ」

私がそう言って先に廊下へ出ればそれを追うように走ってくる音が聞こえる。
土方より少し低い位の私の身長。
必然的に沖田より身長が高い。
だからいつも沖田を見下ろす形になる。
これはこれで気にしていたりもするのだが沖田は気にしているのだろうか?
そんな事を考えていると沖田が「あ」と声を上げた。

「どうかし・・・うっ!」

ゴンっ!といい音が鳴って壁に額を殴打した。

「あぶないですぜぃって言おうとしたんですがねぃ。大丈夫ですかぃ?」

ぶつけた額を擦りながらとりあえず廊下を曲がる。

「もう少し早く言おうとは思わなかったのか?」
「俺が言うと思ってましたかぃ?サディスティック星の王子ですぜぃ」
「聞いた私が間違いだったな。それにしてもこんな日が明けて間もない時間から山崎の奴元気だな。ミントンやってるぞ」

ふと庭先を見てみれば山崎が一人寂しくミントンをやっていた。
すると微かだが背後の沖田の雰囲気が変わった気がした。
それを不審に思った私が数歩後ろにいた沖田を見てみると何故か構えられているバズーカ。

「・・・ちょっと待て!!おい!!山崎!!逃げろ!!」

庭先にいた山崎がどう考えても標的だと気づいた私は急いで声をかける。
しかし、どうやら遅かったらしい標準を決めた沖田は引き金を引いた。

「藻屑になりな」
「え!?ちょ、ちょっとぉおお!?いきなりなんなんですか!?」

そして、無常にも今日一日目の爆発音が響いた。
私は慌てて庭先に出る。

「おい。大丈夫か!?山崎!」
「な、なんとか生きてます。隊長」

山崎が生きている事を確認してほっとしていると沖田が山崎の胸倉を掴んだ。

「山崎ぃ・・・てめぇはいつからさんの事を名前で呼べるような身分になりやがったんだ」
「ちょ!?軽く土方副長になってますって!!瞳孔開きまくりで!!」

凄まじい剣幕で山崎に詰め寄っているのを私はぼっーっと見守っていた。
これは俗に言う嫉妬というやつなのだろうかと。
こう感情的になる沖田は珍しいから余計にそう思った。
だが、よくよく考えてみればこのままでは本気で山崎が殺されかねない。

「あー・・・沖田。その辺にしといてやれ。山崎も朝から悪かったな」
「い、いえ。それじゃあ、俺はこれで」

そう告げ、走り去っていく山崎を見送ると私は沖田の手を引いて歩き出した。
すると、案外すんなりと沖田はついてきた。
珍しいこともあるものだと思いつつちらりと沖田を見てみる。
下を向いていてよく表情はわからないが照れているのだろうか。
それとも単純に機嫌が悪いのだろうか。
考えても答えが出ない私は急に立ち止まった。
急にあることを思いついたからである。

「?どうしたんですかぃ?急に立ち止まって」

不審に思った沖田が私にそう問いかけてくる。
私はそんな沖田の方へと振り返りこう告げた。

「沖田。手合いはまた今度にして散歩に行かないか?」
「・・・珍しい事もあるもんですねぃ。さんが朝稽古をしないなんて」

沖田はそう言って不思議そうな顔をしたが私は「たまにはいいだろう」と言ってまた歩き出した。
そして、向かった先は桜並木道。
河原に沿って咲く桜は朝日に照らされて輝いていた。
幻想的なその雰囲気に思わず息を呑むほどの美しさだ。
去年、このあたりを一人で散歩していてこのような景色があるのだと感動した事をふいに先程思い出したのだ。
そして、これを沖田に見せてやりたいと思ったのだ。

「綺麗だな。ここの桜は」
「そういやぁ、さんは桜の花が好きだと言ってやしたね」

数年も前に言った言葉だと思うがよく覚えていたものだなと私は驚き目を丸くした。
すると頬を撫でられる。

「なんて顔してるんですか。襲ってくれって言ってるようなもんですぜぃ?」
「また、お前はそういう事を言う。だが、そういうお前が私は嫌いじゃない」

そうやって笑えば今度はそっぽを向きながら
「本当に今日は珍しい事ばかりですぜぃ」と沖田が呟いた。
そんな沖田の顔は少し朱に染まっていてここまで判りやすい沖田は珍しいなと思った。
私も確かに今日は珍しい事ばかりしているという自覚はある。
別に意識をしてやっている訳ではないが。
空を見上げるとまだ朝焼けがほんのり残っている。
そんな中、思い出したのは先ほど話した願掛けの話だ。
まあ、今日は何故だか私は饒舌でふと喋り始めてしまった。

「なぁ、沖田。今日、お前が髪の願掛けについて聞いてきただろ?」
「聞きやしたがそれがどうかしやしたか?」

今日何度目かわからない沖田の不思議そうな顔があった。
その沖田の手を引いて河原に座ると片膝を抱えて座りながら沖田の肩に頭を乗せた。
すると少し肩が強張るのがわかる。
私はそれに笑いを漏らしながらゆっくりと話始めた。

「この願掛けはさ。元は強くなる為にしていた。
でも、今は違う願いをかけている。それはお前とずっと一緒に居れるようにってな」

その言葉に沖田がこちらを向くのがわかる。
けれど、気にすることなく私は目を伏せて話を続ける。

「いつの間にかお前に恋をしていた。だから、初めてお前が気持ちを伝えてくれた時。
本当は涙が出る程嬉しかった。刀を持って戦う女など誰も好かぬだろうと思っていたから」

あの日の事は未だに忘れられない。
脳裏に色濃く焼きついた大切な思い出だ。

「だけど、想いが一緒だっただけじゃ物足りなくなった。・・・ずっと永久に一緒に居たいと願うようになった」
「だから、願掛け・・・」
「そう。私は結構こう見えて女々しい女だから何かに縋らなきゃやってられないんだよ」

そうやって言ってみれば私の視界は沖田の制服で埋め尽くされた。
私は驚きながらも目を伏せる。
そして、温もりを感じて幸せに浸る。
すると、頭上から声が響く。

「今日のアンタは可愛い過ぎまっさぁ。でも、嬉しいですぜぃ」
「そうか。これで呆れられたらどうしようかと少し思ったぞ」
「誰が呆れやすか。それに、アンタは勘違いをしてる。
俺はアンタが思う以上にアンタが好きで手放せなくなってる。
一生離す事なんてあると思ってもらっちゃ困りまっさぁ」

その言葉に私は思わず顔を上げた。
そして、沖田は笑いを浮かべて私の顎を捉えた。

「これだけ可愛いところ見せられて離せと言われてももう離しませんぜぃ?」

そう口にするとそのまま唇を奪われた。
深く何度も絡めるように。
そして、唇が離されると視線が今度は交わった。
私が見たのは優しげな笑みを浮かべる沖田の姿だった。

「愛してますぜぃ。
「ああ、私も愛しているさ。・・・総悟」

初めて名前を呼んでやると沖田がまた目を丸くした。
そして、笑みを浮かべて反則だと言いながら唇を奪われた。
桜が降り散る中、何度も何度も。
私はそんな中、ただ思った。
本当にこの願掛けが叶えばいいと。
幸せなこの時間が続けばいいと。
この温かな腕の中で。