蒼空を漂う桃色の花弁。
窓を開ければ穏やかな風が室内を満たす。
(こんな平穏な日常が送れるなんて昔は考えもしなかった・・・)
もし、私があの方と出逢わなければきっと私はこんな温かな気持ちも知らずに朽ちていたのだろう。
あの方に出会い、あの方に救われ、あの方に仕える事が出来た事。
それはきっとこの世で最大の誉れであると私は常に思うのだ。
主に捧ぐ己を繋ぐ最初の鎖
当時十歳にも満たなかった私の生はいつ終わるか解らぬ曖昧なものだった。
生まれて直ぐに両親に物の様に売られた私は殺戮を繰り返すだけの存在に育て上げられた。
強制的に生きる本能と殺戮衝動のみの存在に育てられたものの
それでは敵味方関係なく、殺してしまうと恐れられ、ある程度の知識を刷り込まれた。
たぶんそれが私を殺戮人形に仕立てた奴らの失敗点だったかもしれない。
そして、あの方は何の前触れもなく、私達の元へやってきた。
あの方は当時六、七歳の身でありながら一人その組織にやって来て壊滅させたのだ。
両手にトンファーを持ち、子供ならではの未成熟な身体ながら
圧倒的な強さで大の大人を凌駕し、恐怖させた。
無論、すぐに私がその子供を止める様にと送り込まれたが私は動けなかった。
理由は恐怖だとかそう言うものじゃなく、ただ、純粋に美しかったのだ。
何者よりも美しく気高いその存在は上に立つ者の風格を兼ね備えていた。
背後からは早く殺せと急かす声が聞こえたがそんなものどうでもいい程に惹かれた。
気付けばあの方は私の目の前まで迫り、私を見るとその背後の敵を瞬時に叩きのめした。
何故、私に手を掛けなかったのかと振り返ればあの方は私に手を差し出した。
「・・・君、面白いね。最近、目障りだったから
ここ潰しに来たけど弱くてつまらないと思ったら君みたいな子が居るとはね」
「え・・・?」
「僕について来なよ。いいね?」
承諾の意しか受け取らないというその言葉に気付けば私は頷き手を取っていた。
元よりこの場には未練などなかったし自然といえば自然な事だっただろう。
だけど、きっと、生きる為にあの方の手を取った訳ではないのだと思う。
鮮烈なまでに気高く美しい存在であるあの方の為に
己の全てを懸けて尽くしたいと心が魂が求めたのだと思うのだ。
本能のままに生きる獣だったならば生を脅かすであろうあの方を敵と見做しただろう。
しかし、奴らは私に知識を与え、生だけに執着する獣としてではなく人として生かした。
それが私の中に心を生む結果になり、そして、その心が主はあの方でなければいけないと訴えた。
(本当に・・・私は運が良かった。)
過去を思い返るのを止める様に瞳を伏せる。
でも、今も昔も私を満たすのは結局あの方の事のみ。
あの方―――主である雲雀恭弥様の存在だけなのだと少し笑った。
「何、笑ってるの?」
「!?恭弥様!!」
私室である為、ふいに掛けられた声に驚いて振り返れば
ちょっと不機嫌そうに扉に背を預けた主の姿が目に入った。
恭弥様が私の私室に訪れる事は珍しくて暫く固まるも
はっと思い、慌てて時計を見やれば恭弥様を起す時間を数分過ぎていた。
思わず自分の珍しい失態に眩暈を覚えるも気を取り直して身を正し、頭を下げた。
「申し訳ありません。私とした事が・・・」
謝罪の意を述べれば恭弥様はゆっくりと私に近付いてきて再び口を開いた。
「それは質問の答えじゃないでしょ?僕は何を笑ってるのか聞いたんだけど?」
「え・・・?」
狐に抓まれた様に顔を勢いよく上げて見れば
やはり不機嫌そうに眉間に縦皺を刻み、無言で先を促してくる。
呆けながらも私は考えていたままの事を口した。
「あの、恭弥様と出逢った時の事をふいに思い出していまして・・・」
「それだけ?」
「え?あ、はい。そうですが・・・?」
暫しの沈黙の後、恭弥様は踵を返して歩き出した。
「・・・なら、いい。、早く朝食にしてくれる?」
「え?あ、はい!ただいま!!」
結局、何がどういう事なのか判らぬまま私は恭弥様の命通りに動き出した。
忠誠と言う名の鎖を自ら主に自ら捧ぐ。
(恭弥様の考えている事を完全に把握出来るとは思わないけれどもっと精進しなければ。)
(それも全ては御傍に置いて頂ける事への恩返し。)
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