貴方の為に全て捧げる事を誉れと思う。
この方に会い、尽くす為に生まれてきたのだと思う程に。
なのに、この方はまだ私に幸福を幸いを与えようと言われるのだ。
嗚呼、なんてそれは身に余る光栄。






主に捧ぐ無言のララバイ







力は御強くともまだ幼く元々体が少し弱い恭弥様は季節の変わり目で肌寒くなってきた今日に体調を崩された。
いつもの様に寝室の方へと朝早く起床の為に御声を掛けに行った所、紅い頬と体の熱を感じたのだった。
長き間、御傍にいる事もあり、目視だけで体調を把握出来る様になっていてよかったと思う。
取り敢えず起こすよりも先に医者を呼ぶべきかと立ち上がる。
が、それは恭弥様の手によって阻まれた。

「これ位なら大した事はないからいい」
「恭弥様・・・起きてらっしゃいましたか。ですが、やはり御医者様に診て頂いた方が・・・」
「僕がいいと言ってるんだ」

こうなれば恭弥様は決して自分の主張を曲げない。
私は心配ながらも諦めて我が君主の言う通りに医者を諦めた。
だが、このままにする訳にはいかないとせめて看病だけはさせて下さい、と申し出て私は一度部屋を後にした。
下の階に下りるといつも通りにやってきた草壁さんが玄関で控えていた。
どうやらいつもと様子が違う事に気づいたのだろう。
不安げな眼差しでこちらを見てきた。

さん、どうかしたんですか?」
「ええ、少し恭弥様の体調が芳しくなくて・・・本日は誠に申し訳ありませんが恭弥様と私は不在となります。
草壁さん、貴方に仕事の方を代理で御願いしたいのですが。もちろん、出来得る限りの事だけで構いませんので」

体調が回復した後に仕事が溜まっていては再び床へ逆戻りする可能性もあると考えて
その様に指示を出せば草壁さんは力強く頷いて笑顔を浮かべられた。
彼は私もきっと恭弥様も信頼している御方。
私と同じく恭弥様をお慕いして仕えている方だと理解している。
でなければ私は無理してでも自分で恭弥様の仕事をこなし、看病に明け暮れたであろう。

「わかりました。では、俺はこの辺で。委員長の事、宜しく御願いします」
「ええ、勿論です」

彼が家を後にすると看病の為に様々な用意を済ませ、再び足早に恭弥様の私室に戻る。
やはりぐったりした様子で床に伏せる恭弥様を確認して、私はすぐさま隣まで赴き、その場に膝をつくとそっと手を額に当てた。
少し熱が高い様だと判断すると氷枕を引き寄せる。

「恭弥様、少し失礼致します」

そう言って少し頭を浮かせて氷枕を引くと御盆を引き寄せた。
眠ってはいなかったらしい恭弥様は薄く目を開けるとこちらを見つめた。
それを確かめて私は様子を伺うように覗きこむ。

「恭弥様、お粥を用意しましたが食べれそうですか?」
「・・・少し」
「判りました。・・・それでは器一杯分だけでも食べて下さいませ。でないと熱冷ましの薬すら服用出来ませんから」

判っていると言う言葉を紡ぐ事はなかったが身体を起こそうとする仕草を見て、私は器を置き、恭弥様の後ろへと回った。
自分の体を背もたれにでもすれば少しは楽かと思ったからである。
やはり起き上がるのは辛いらしく、私が後ろに回った事に気づくと身体を預けてきた。
こんな時に不謹慎だが弱い所を見せて貰えるのはやはり心を許してくれているからなのだろうかと心温かになる。
そのまま私は器を手に取り手渡そうとするが受け取る事もしんどい様子だった為後ろから伺う。

「恭弥様、自力で食べれそうですか?」
「・・・無理」
「では、僭越ながら私がお手伝いさせて頂きますね」

少し身体を斜めにずらし、恭弥様の支えになりながらもお粥を少しずつ冷まし口元に運ぶ。
小さく開かれた口を見てそっと流し込む。
特に何も言ってこないならきっと味と熱さはこれで丁度いいのだろう。
私はそれを器が空になるまで繰り返すと器を置いて薬とミネラルウォーターを手に取った。

「では、これとこれを飲んで下さいませ」

そう言って錠剤を手渡すと素直にそれを受け取ってミネラルウォーターを含み飲み下す。
確かにそれを確認して、ペットボトルを置き、ゆっくりと恭弥様の身体を横たえて器などをお盆に戻し、立ち上がろうとした。
だが、それは恭弥様の手によって制される。
何かあるのだろうかと不思議に思い、お盆を置いて再び向き直るとそのまま手を強く握られた。
熱を帯びたその手の温もりが元来体温の低い自分には酷く熱く感じられた。

「恭弥様・・・?」
「僕が眠るまでここに居ろ。じゃないと咬み殺す」

いつもの気迫がないその言葉はどこか弱々しげで寂しそうな感じがした。
私は柔らかい笑みを浮かべると力を抜き、そっと握られた手にもう片方の手を重ねた。

はあの日からずっと恭弥様のもので御座います。恭弥様がそう仰られるならはずっと傍に」
「うん。決して忘れちゃいけないよ」
「勿論です。忘れる筈など永劫なき事です。ですから、どうかご安心して御眠り下さいませ」

恭弥様はその言葉に漸く安心した様に瞳を閉じられた。
数分もすれば静かな寝息が響いてきて、私はほっと息を吐く。
眠るまで傍に居ろとは言われたけれど、眠ったその後も私は傍を離れる事が出来ずに居た。
愛おしい自分よりも幼い君主の穏やかな寝顔をまだもう少し見守っていたいという誘惑に勝てなかったからだ。

「早く、元気になってくださいませ。恭弥様」

願う事は我が君主の健やかで威風堂々たる姿。



この心音を子守唄に。
(一時でも長くその御尊顔を拝謁したいと。)
(一時でも長くこの温もりを感じていたいと願う。)