自分の傍らを駆け抜ける強風と殺気。
一瞬の時を置いてパサっと軽快な音が耳を掠める。
すぐに視界の端に漆黒の糸の様な物を捕らえたが反応する事も出来ずに立ち尽くす。
他の面々も思わぬ出来事に沈黙し、息を呑んだ。
それは思わぬ出来事を起こした張本人も同じであった。






最愛クラッシャー







壊滅騎士(イル・ルイナンテ)・・・ブラザー・ペテロ」
「・・・ぅ、う、うむ。そ、のだな。

前髪が影を落として伺えぬ表情。
一体隠された顔にどの様な色を浮かべているか誰一人判らない中。
彼女は自分の頬の隣に先程まであった髪がばっさりと無くなっている事を確かめる様に短くなった髪と頬をその指先で撫ぜた。
刹那、周囲を包み込む程の怒気が勢いよく溢れ出し、沈黙を守っていた面々は思わず引き攣った短い悲鳴を上げた。
拳を震わせて一歩、一歩近付くにペテロはじりじりと後ろへと下がる。
が、次の瞬間、足をぐっと踏み込んでが前へと押し出るとそのまま拳を固く握り締めてペテロの頬へ目掛けて打った。
周囲の者達が素晴らしい程の右ストレートの威力に青褪める。
何せ、2メートルを超す巨漢の美丈夫の顔を歪めて後方へと吹き飛ばしたのである。

「ぐはぁぁっ!!」

倒れ込むペテロの元へと静かに近付くとマウントポジションになり、再び鉄拳を喰らわそうとする
それに同僚のアベルがトレスを率いて止めに入った。

さぁーんっ!!お、落ち着いて下さいぃいいい!!」
「シスター。現在、卿は感情の昂りにより冷静な判断が出来ていないものと思われる」
「ええいっ!二人とも放せぇ!折角、折角、綺麗に伸ばしてた髪を!」

トレスに羽交い絞めにされ、アベルに宥められながらも暴れる
自身の怪力を持っても流石のトレスの腕力には負けるらしく、ぎちぎちと音を立てつつも、後退させられる。

「うっ・・・」

その間に片頬を押さえつつ、ペテロが起き上がった。
周囲の人間はよく生きているなと思いつつ、壊滅騎士(イル・ルイナンテ)なら何でもありかと深く納得して頷いた。

「大体、大体ね!嫌な予感はしてたのよ!Axと異端審問局で鍛錬の為とは言え、手合わせなんて!」
「ま、まあ、確かに・・・」
「それも私の相手は壊滅騎士(イル・ルイナンテ)のペテロよ!?何も無い筈がないじゃない!
っていうか明らかに人選ミスでしょ!?非力な女が相手にする様な男じゃないでしょ!?」

非力と言う言葉に皆が口に出さずともそれはないと突っ込むがそれをは知る由もなく、そのまま言葉を続けた。

「その結果がこれよ!?髪、片側だけばっさりじゃないのよ!!」
「す、すまん」

その勢いに思わず直角に腰を曲げて謝るペテロ。
しかし、その程度ではどうやらの怒りは収まらないらしく乱れた呼吸を整えた後、再び口を開いた。
が、今度は何だか様子が変わったのが判る。
アベルはトレスに目配りをしてを下ろさせる。

「別に、私だってね。髪が切れる事ぐらいじゃ本当は怒らないわよっ!ただ、それをした人物に問題があるのっ!」

それに気づいてはいるが気持ちが先立っているは叫び続ける。
他の面々は予想外の言葉が続き、思わず首を傾げた。
それは目の前で流石に女子の髪を切ってしまったのは失敗したと
気に病んでいるペテロも同じで先程まで下を向けていた頭を上げてその鋭い瞳をやや丸くし、片眉だけ器用に顰めた。
は少し間を置くと堰を切った様に今までで一番大きい声を張り上げた。

「私が髪を伸ばしてたのはアンタが前に綺麗だって言ってくれたからだったのに
その張本人に切られるなんて私の気持ちはズタズタよっ!バカァアアアっ!!愚鈍っ!!」
「は?」
「へ?」

にそう叫ばれたペテロ、隣で聞いていたアベル、周囲の聴衆達。
皆が先程異常に予想外な大胆告白に口を開けて唖然とする。
叫んだ本人は怒りよりもついに悲しみが上回った様で大きな声を上げ、顔を両手で覆いながら泣き始める。
その光景に暫し再び沈黙が続く。

「え、えっと、さん?」
「なによっ!?」

キッとに涙目で睨み付けるの気迫に一瞬怯むアベルだが咳払いを一つして気を取り直して尋ねる。

「そ、そのですね。つまり、さんはペテロさんが好きなんですか?」
「そうだって言ってるでしょうがっ!!だから、ショックなのっ!!」

事実確認をしたアベルは頬を掻きながらペテロへと向き直った。
そして、苦笑を浮かべてペテロに言葉を促させる。

「えっと・・・と、言う事みたいです。ペテロさん」
「・・・な、な、ななっ!?そ、ん・・・・っっ!?」
「ブラザーペテロ。卿が何を言っているのか不明だ。ちゃんと言葉を発しろ」
「煩いわっ!!」

顔を真っ赤にさせながら場にそぐわぬ忠告をするトレスに向かって叫ぶ。
その様子をただ苦笑するばかりのアベルとそれ所ではなく、泣き続ける
ペテロは何か言葉を掛け様として、口を開くも中々思う様な言葉が思いつかず唸り声を上げる。
アベルが早く何か言えと脇腹を突っつくもやはり言葉が出てくる事はない。
泣き叫んでいたが漸く泣き止み始めても尚である。
それに気づいたは悲しみがまた怒りに沸々と変わってきた様で眉を顰めるとその場に転がっていた物を衝動的に手に取った。
アベルとトレスは予想外のの行動に反応が追いつけず、気づいた時にはそれをは投げ捨てていた。

「ペテロの意気地なしっ!!嫌いなら嫌いって言えばいいじゃないっ!!」
「あ」

考え込んでいたペテロはの声に顔を上げるも時、既に遅し。
そのまま飛来してくる物に顔面を潰されて倒れた。
飛来してきた物は高周波ホイール内蔵の鎚矛でペテロの武器である叫喚者(スクリーマー)だった。
アベルは思わずそれを見て両手で顔を覆い、トレスは止め様として伸ばしたままの手を静かに下ろすだけであった。
再び倒れこんだペテロを一瞥すると再びは涙を浮かべて、声を上げながら修練場を走り去っていく。
残された面々はどうする事も出来ずにただ見守るばかり。
ペテロは走り去るに手を伸ばすも幾度にも亘る攻撃についに力尽きたのだった。




繊細な乙女心の破壊力。
(!)(い、今更何しに来たのよ!?鈍感パッツン!)
(そ、某がその髪の責任を一生掛けて償う!だ、だから、許してはくれぬか?)(うえっ!?)