血に濡れ汚れたその姿で何を思っているか。
それを知る術などないがただ、悲しげに伏せられた瞳は気のせいなどではなかったと思う。
「ブラザー・ペテロ?どこか痛い?」
無邪気な表情に戻った彼女に問う事も出来ず、某は伸ばされた手を強く握った。
言葉に出来ぬならばこの温もりで少しでも伝わればと。
鮮血の女神
唐突に握られた右手に驚き、まじまじと見つめては視線を某に向ける。
それが何を示すのかはよく解らなかったが常に無表情な顔が少しだけ柔らかくなり、微かな笑みを刻む。
「ありがとう」
一体、何に対しての礼なのかと首を傾げれば彼女はそのまま手を引いて歩き出す。
その足取りは軽く先程の悲哀は見て取れない。
だけど、確かに浮かべられていた悲哀を忘れる事も出来ず、消化されない想いが疼き続ける。
「ペテロは優しい。だから、好き」
不意に紡がれた好意の言葉は親愛なのか恋慕なのか判断がつかなかったがそれでも確かな喜びが胸に満ちる。
理解するごとに喜びに混じる羞恥を感じつつも、頷き発した。
「そ、某とて汝を好いておる」
「うん、知ってる」
先程と同じ様に微かに口角を上げて笑みを浮かべると彼女は繋いだ手の力を少し強めた。
離すまいと失くすまいとする様な切なさと強い意志を感じて某もその手を握り返す。
「私は、壊す事しか知らない。幼い時からそうして来たからそれ以外の術を持たない。
だけど、そんな私にも確かに生まれたこの温かい気持ちは紛い物なんかじゃない。確証はないけど」
「そうか」
「うん。だから、私はもう壊すだけじゃなく、何かを護る為に戦えている。
辛くないと言えば嘘だけど辛いだけじゃないと言えるよ。護る為に戦っている事を誇りに思ってる」
初めて出会った時に見た彼女の瞳はこんなにも輝いていただろうかと思う。
幸せに温かく穏やかな光を放っていただろうかと。
「さっきのありがとうはそういう生き方を教えてくれた事と心配してくれるペテロへの感謝からだからね。
だから、私に護らせてね。ペテロを。大切な大切な私の片割れを。じゃないと私はまた人でなくなってしまうから」
笑顔と不釣合いな強く切実な懇願は心に響き、木霊する。
某を選んでくれた至福と某でいいのかという困惑と様々な感情が入り混じり、硬直する。
だが、それも一瞬の事で目の前の愛しき者が選んでくれたならと我ながら都合のいい解釈をする事にした。
「某にも勿論護らせてくれるのであろう?ならば、何も了承を得る必要はない。
元よりそのつもりであるからな。今もこれからもその先も。例え、この身が朽ちて魂だけになってもだ」
立ち止まって彼女の手を引き、腕に閉じ込める。
このままずっとこの温もりを感じていられるならば神にすら刃向かいたいとすら思う不届きな自身を心の中で嘲笑する。
本当は了承を得たいのは自分自身なのだ。
身に余る程の誉れと言える彼女をこの手に抱く事を、愛する事をどうか許してくれと乞い願いたいのは。
でも、それすらももしかしたら彼女は全て理解しているのかもしれないと自然と回る彼女の細い腕を感じて思った。
「さあ、帰ろう。ペテロ」
「そうだな。」
再び繋いだ手は酷く愛おしく温かいものだった。
愛しい者が居れば何も恐れる事は無き事。
(鮮血に濡れる事すら何よりも尊ぶべき事へと変わると女神は囁いた。)
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