「ほんまにお二人さんは昔からの付き合いだけあって仲がよろしいおすなぁ」
一季さんの言葉に口喧嘩している私達に笑いを含めて言った。(口喧嘩だと思っているのはきっと私だけ)
「腐れ縁みたいなものですよ」
驚いて何も言えず動きを止めた私を放って雷光がそう答えた。
一季さんは、そんな事言って、と笑ったけれど、私には雷光のその言葉が酷く胸に鋭い棘となって刺さる。
取り繕う殻ごと壊して零距離へ
「で、何でお前はそんなに不機嫌なんだい?」
家への帰路の途中に雷光がふいにそう口を開いた。
横目でちらりとその雷光の顔を捉えるけれど、私は無言を貫く。
考えてみれば私達の関係は奇妙な事ばかり。
幼馴染で共に灰狼衆の忍で分刀で。
何故か恋人でもないのに一緒に住んでいて。(今は俄雨君も一緒だけどね)
そもそも私が灰狼衆・・・否、隠の世に身を置く事になったのは雷光が清水家崩壊の事件を起こしたのがきっかけ。
言うなれば片思いの相手を追って私は隠の世に身を置き、その片思いの男と一つ屋根の下で暮らしている。
考えれば考える程、常識から完全に逸脱してるわ。
それを実行した私も、それを受け入れた雷光も。
幼馴染だからと言って二十歳を迎えた男女が一緒に暮らしてるのは至極変だ。
大体、雷光は過去がどうのこうのって変に拘って、抱え込んで周りの気持ちに気づきやしない。
鬼畜でドSなのにナイーブで鈍感。
何で私はこうもややこしい相手に恋をしてしまったのだろうか。
流石にもう何年もこう気づいて貰えないと落ち込む。
「はぁ・・・」
思いっきり雷光に聞こえる声量で溜息を吐けば雷光が怪訝そうな顔を向けてきた。
「お前は一体何が言いたいんだい?」
「別に何でもないわよ」
「そんな風には見えないから聞いているんだけどね」
こっちの気も知らずにチクチクと嫌味ったらしく言ってくる雷光。
そうでしょうね。
私がもう一体何年程あんたを思ってきたか知らないでしょうし。
いつも、いつも雷光を見てきた。
雷光が別の女の子に淡い想いを抱いた姿も、過去の事を悔やんで必死に何かと葛藤している姿も。
誰よりも私は雷光を知っているという自負がある。
そして、誰よりも雷光の事が好きだという自負も。
嗚呼、そんな風に思ってきたら段々落ち込みが怒りへと変換されていった。
「そうよ・・・私はよく我慢したのよ」
「・・・?いきなり何を・・・?」
怒りに変化された感情が私をそのまま無我夢中で動かしていく。
足を止めて素早く雷光の前に出る。
驚いた雷光も足を止めて私の顔を伺おうと覗き込もうとするがそうさせる前に雷光の胸倉に掴みかかった。
「大体、あんたは鈍いのよ!!この鈍感ピンク!!」
「は?」
いきなりの言葉に雷光は目を見開いたまま固まった。
胸倉を掴まれていきなり鈍いと豪語されたらまあ固まる気持ちも理解できないわけじゃない。
脈略なんてあったものじゃないし。
「そりゃあ、今これが八つ当たりだって事も理解してるわよ!?でも、雷光にも非は少なからずある筈なのよね!」
「・・・言っている事が私には理解できないんだが・・・」
「普通、恋人でもない女を一緒に住まわす!?一緒に住む事になった時、無駄に喜んだ私がどんだけ落ち込んだと思ってんの!?」
雷光を胸倉を掴んだまま前後に揺らす。
私がされたらきっと酔うだろうけれど、されているのは雷光だからこの際、お構いなし。
「少しでも振り向いて欲しくて、隠の世にまで身を置いて、あんたの為に不惜身命の勢いで尽くしてるのに・・・
あんたの過去だって、私は知ってる。あんたの事を一番知っているって自負がある。自惚れだって自意識過剰だって言われても」
「・・・?」
「本当はこの想いに気づいてくれるだけでよかった。
振られ様が振られまいがどうでもよかったし、ただ、あんたの重荷を少しでも背負えればと思っただけ」
揺らす手を止めて、胸倉から手を離す。
靴の先を見つめて吐き出すように言葉を紡ぐ。
「でも、もう、終わり。雷光の鈍感馬鹿」
それだけを紡いで彼が私を労わるように伸ばす手を振り払うと再び両手で胸倉を掴んで私に引き寄せた。
そして、唇に触れるだけのキスを落として、じっと雷光の瞳を見つめた。
動揺に揺れる瞳がやっぱり私の気持ちになんて気づいていなかったんだと如実に語っていた。
だから、私はそのまま何も言わずに走り出す。
雷光は決して追いかけて来なくて、嗚呼、私の恋はやっぱり終わったんだと思った。
「ただいま」
走っただけあって家へさっさとついてしまった私は俄雨君の、おかえりなさい、という声だけ聞いてそのまま部屋に篭った。
俄雨君は悪くないのにちょっと可哀想な事しちゃったなと心の中で謝罪して、私はその場に膝を抱えて座る。
勢いで言ったけれど、一緒に住んでるのになんて気まずい。
こうなれば暫くの間、和穂さんの所にお邪魔になって新居捜さなきゃなぁとぼんやりと考える。
すると、玄関から凄まじい音が響いて一体なんだろうかと首を傾げた。
思いっきり力の限り扉を閉めた様な音。
続いて聞こえて来るのがドタドタと騒々しい足音。
そこで、漸く私はバッと顔を上げて自分の扉のノブを掴んだ。
それと同時にドアノブが捻られ、押し開けようと力が加えられる。
押し開けようとしてるのは絶対に紛れもなく、雷光だ。
予感を確信に変えるが如く、いつもと違う重低音で雷光は言葉を発した。
「。お開け」
「い、嫌よ!今更、何をしようと言うのよ!」
今更会わせる顔もないのに誰が開けてなるものかとこちらも負けじと引っ張る。
「どうしても開けないと言うのだね?」
「当たり前でしょ!?」
力強くきっぱりと言い切ると扉の均衡が崩れてパタンと閉まる。
諦めてくれたのかとほっとするや否や扉がピシッと音を立てる。
「え?」
何事だと扉を見つめると扉が音を立てて綺麗に崩れた。
そして、私が目にしたのは白我聞を持って佇む雷光。
この男は頑なに扉を開こうとしなかった私に対して強攻策に出たのだ。
隔てる扉の完全破壊を持って。
「扉を斬るなんて・・・信じられない!」
「信じられないのはお前の方だよ。」
刀を鞘に直すと座り込んでいる私の前に膝を折り、向き直る。
その姿を目にして冷静さを取り戻した私は視線を逸らして問う。
「今更、ここまでして何がしたい訳?」
「お前への謝罪と私の一世一代の告白だよ」
「何、言って・・・ひゃっ!?」
何を言っているのよと紡ごうとした私の言葉を遮ってすっと伸びてきた雷光の腕は私の背に回された。
抱きしめられているという羞恥を認識するよりも驚きの方が先立って私は瞳を大きく開く。
「すまなかった」
「え・・・?」
いきなりの謝罪の言葉に私は間抜けな声を上げた。
雷光の顔が見えないから表情を伺う事も出来ず、ただ、雷光に為されるがまま、話を聞いた。
「怖かったんだよ。私は。自分の気持ちをに話す事でいつも一緒だったが離れていくのが」
「何よ・・・それ」
そんなの知らない。
まるで、まるで私を好きだと言う様なそんな雷光の気持ちを私は知らない。
雷光の全てを知っているとしても、私に対する気持ちなんて判る訳がない。
だって、そんなの、言ってくれなきゃ判らないに決まってる。
「悪かったとは思っているよ。こんなにも追い詰めさせてしまって。
でも、さっきもう終わりだと言われた時、が居なくなると思って動けなくなってしまった」
「情けない・・・」
「嗚呼、私は情けないだろうね。だけど、それだけ私はお前に依存して、愛しているんだよ」
「馬鹿じゃないの。何で早く言わないのよ」
一人で突っ走って、凄く馬鹿みたい。
滑稽に思えて段々自分が惨めに思えてきた。
だけど、それよりも、愛していると言ってくれた雷光の言葉が嬉しくて。
私は憎まれ口を叩きながらも、溢れ出すそれを止められなかった。
「雷光のばかぁ・・・っ!」
「悪かった。だから、泣くのはお止し」
そう言いながら雷光が涙にそっとキスを落としたり、その指先で拭ったりする。
壊れ物を扱う様に果てしなく優しいそれがまた私の涙を誘って悪循環なんだけれど。
無言の中、ただ、嗚咽を漏らす私の涙を拭い続ける雷光はそっと涙にキスを落とすのを止めて、唇へと自分のそれを重ねた。
私がした時よりも長く触れ合うその口付けが嗚呼、これは夢じゃないんだって知らしめる。
「もう一回、もう一回、言って・・・」
「嗚呼、愛しているよ。」
どんどん深くなっていく口付けに溺れる様に私は瞳を閉じた。
雷光がそれに伴い、抱く腕の力を強める。
雷光の全てが私に夢でなく、現実だと訴えて私は漸く笑顔を取り戻した。
「雷光が後悔したってもう、離さないんだから」
「それは私のとて同じだよ。」
そう呟いて私達はまた深い口付けを交わすのだった。
一時の慟哭、零距離への道標。
(そうだ。俄雨。少し二時間程、外へお行き)(・・・は、はい)
(・・・!?ああっ!が、俄雨君居たの忘れてた!ちょ、私、もう俄雨君に顔見せ出来ない!)
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