最初は本当にちょっとした興味本位の感情。
周泰殿に拾われて育てられ、更にはその周泰殿が唯一、
剣を教えた愛弟子となれば周泰殿を知っている面々ならば皆興味が沸くでしょう。
更に彼女は少し変わっている方であったなら尚更。
師匠に似てか口数が少なく、ぼんやりとしていて気付けば寝ている。
だけど、その剣の腕は剣豪と言っても過言ではない確かなものとくれば気になるのは当然。
そう、その当然の興味や好奇心がいつのまにか
自分の中で恋慕の情に変わっているなんて一体誰か気付くだろうか?






停止する世界







「それが初めての事ならば余計に気付く筈がない訳です・・・はぁ・・・」

人生初の恋煩いは戦の策に悩む以上の辛さだ。
山積みにされた仕事にもどうにも向かう気持ちに慣れず仕事は滞るばかり。
これではいけないと判っているのだが人の情というものはどうにもならないらしい。
無理矢理何度か想いを振り切って木簡に向かったが直ぐに彼女の顔が浮かんでしまって惨敗。
解決法がない訳ではないがそれにはそれ相応の勇気がいる。

「・・・はぁ、困りましたね」

一体、今日一日で何度目かとも判らぬ溜息を吐き、項垂れていた机から顔を上げると
机に手を添えて屈み、こちらをじっと見つめる想い人の顔があり、私は暫し硬直した。

「・・・・うわぁ!?」
「・・・わぁ?」

驚きに声を上げて思わず立ち上がると彼女も驚いたのかは判らないが立ち上がり小首を傾げた。
弧刀を振り回し、戦う様には見えぬ華奢な肢体に
長い髪がはらはらと立ち上がった衝撃で掛かり、何処か煽情的な光景に見えてしまう。
露出の多い服で惜しげもなく出された白磁の肌のせいで尚そう見えてしまうのは
男として仕方ないと自分に言い聞かせながらもその邪な思考を振り払い、咳払いを一つした。

「えっと、殿?」
「んー・・・?」
「何か御用ですか?貴女がここに来るのは珍しいですから」
「んー・・・用事、用事・・・という程でもない?」

何処か要領の得ない返事が返ってきて私はただ、どうすればいいのだと再び頭を悩ませる。
心臓が高鳴り、緊張して手汗を握っているのだけはどうか悟られていない様にと祈りながら、
何かを紡ごうとした途端、殿はまた音もなく、今度は私の隣に移動していた。
余りに近い距離に今度は声すら出ずに息を呑んだ。

(ち、近い・・・)

私の焦燥など知らぬ殿はそのままずいっと顔を寄せる。

「どうか・・・・?」

どうかしましたか?と言い切る前に彼女が不意に間合いを詰めた。
そして、両頬に手が当てられると軽い水音が響いた。
その音と同時に唇に熱く柔らかな感触を感じ、次の瞬間にはやはり熱い吐息が唇にそよぐ。

「好き・・・」
「え・・・?」

何が起こったかを理解する間もなく、呟かれた言葉に更に混乱していると彼女は身を放してくるりと踵を返した。
硬直している私の方へともう一度振り返ると滅多に見れぬ表情を浮かべてこう言った。

「また、来る。返事、その時に聞かせて・・・」

そう呟く唇に釘付けになりながらも脳裏に焼きついた彼女の微笑。
私は彼女が去って暫くその場で口元を手に覆い、立ち尽くすのだった。
まるで、時が止まったかの様に直立不動で。


朱色に染まったその頬がひたすら燃える様に熱かった。
(返事なんて、決まりきっているのに声すら出ないなんて)
(嗚呼、なんて女々しい限りだろうか)