戦い、人の死に触れる度に失くしていった私にも確かにあったもの。
彼女はそれをその手を血に染めた後も持ち続けていた。
幾度も幾度も続く戦乱の中で、純粋に、無垢に、祈りにも似た
神聖さを持ち合わせて彼女は屈託のなく、裏表のない笑みを浮かべるのだ。
だからこそ、人を救う為に無茶を強いる。
更に、それによって命に危機に自ら飛び込む。
正直、愚かだと思ったのに私はそんな彼女から何故か視線が離せなくなった。
たぶん、それが最初だったように思う。






心に咲く淡い色をした華







(また、騒いでいる・・・元気ですね。何時見ても)

廊下の向こう側で騒ぐ彼女はやはり、無邪気に笑っていた。
ついつい釣られて笑ってしまう程に、いつもと変わらず、いつもの様に。
そして、私の胸中にもいつもと同じく淡く色めくその感情。
気紛れで片付けられたならよかった。
捨てられるものなら捨てたかった。
それが、今の自分に必要なものなのかどうかも判らず。
ただ、その想いを捨てたいと想った。
今の自分には他にしなければいけない程が山ほどあって、
こんなものに構っているのは無駄だと思って、捨てようと。
だけど、この無駄なものは存外に私を幸せにした。

「陸遜?そんな所で何をしておる?」
「!これは、呂蒙殿・・・おはよう御座います」

思わず足を止めていた私の背後から呂蒙殿の声が響き、
驚きに肩を振るわせたがすぐに振り返り、笑顔で挨拶を返す。
呂蒙殿は先程まで私が視線を向けていた方向へと視線を向ける。

「ほう。あれはではないか。相変わらず元気そうに笑う」
「ええ、この戦乱の世に珍しいと思えるほど無邪気な方ですよね」
「まあな。だが、はこの戦乱の世だからこそあの様に笑うのかもしれんな」

そう言って感慨深そうに一人頷く呂蒙殿に私は首を傾げた。

「戦乱の世だからこそ、ですか?」
「ああ、そうだ。今こそ元気に笑っているが昔は生きる為には何でもやったという。
生きる為にはそうせざる得ないだろうし、仕方なかったのだろう。彼女はそんな過去も笑って話していた」

難しい表情を浮かべて告げられたその言葉に彼女の意外な過去を知る。
それはこの乱世では珍しくない事だがそれでも今の彼女の笑顔を見ていると想像がつかない。

「だが、何をしていても笑っているのは人を想うからこそなのだろうな」
「人を想う・・・」
「人を想い、人の為に浮かべる笑み。それはきっとあの様に美しくあるのだろう。
そして、それは人を励まし、人を癒す力となる。がそこまで考えているかは知らんがな」

清々しく、無邪気に浮かべられる笑顔。
確かにそれは私を温もりのある温かな気持ちで満たしてくれていた。
簡単な様で簡単でない事を自然とやってのける彼女はやはり特別な存在だと感じた。
ただ、それが私の想いからくるものなのかそうでないものなのかは判らないが。

(そんなに親しい訳でもないのに、どうして私は彼女を想うのか。それはまだ、判らないけれど・・・)

想う理由など判らない・・・もしかすると、ないのかもしれない。
それでも、私は少しだけ歩み寄って、もう少し、彼女の事を知りたいと思った。

(あれ程、捨てようと思っていたのに・・・)

彼女の事を知るのはどんな些細な事だろうと嬉しいものである事は確かで。
もう、認めざる得なかった。
たぶん、私は、彼女に―――に、恋をしているのでしょう。


本当の意味で恋を知った瞬間。
(今度、少し話し掛けてみましょうか)
(まずはそんな些細な事から始めてみようと思った)