孫呉は割と直情型の人間が多い。
それに頭を悩ませるのは専ら頭脳派の軍師達である。
そんな軍師の中でも一際、色々な意味で苦労を担っているであろう人物が居た。

「どうして貴女は毎回、毎回そうなのですか?もう少し女性として慎ましやかに・・・」
「やぁん!怒った陸遜可愛い!怒った陸遜可愛い!!」






黄菖蒲の姫君と焔の少年の曖昧不確かな距離







机を挟み対面し、説教をしている陸遜は目の前の人物の空気を読まない反応に
青筋を立てつつ、不気味な程鮮やかな満面の笑みを浮かべて拳を隠す事もなく、震わせる。

・・・貴女、人の話を聞く気がありませんね?」
「愛してるって言って下されば幾らでも聞きます」

瞳を輝かせてうっとりとやはり見当違いな言葉を紡ぐに陸遜は更に笑みを深めた。
そして、それはもう地の底から響いてきた様な普段の彼ではありえない程の低音が響く。

「貴女という人は・・・燃やしますよ?」
「陸遜に燃やされるなら本望です!」
「・・・呂蒙殿、本人からの希望ですので燃やしても構わないでしょうか?」

陸遜の瞳は完全に笑っていなかった。

「落ち着け、陸遜」

実はずっと二人の様子を見守っていた呂蒙はその余りに本気な声色に陸遜を何とか説得し、思い留まらせる。
更に実はよりも先にこの部屋で呂蒙に怒られていた甘寧と凌統は凄まじい光景に
思わず声も出ぬ様子だったが呂蒙が陸遜を説得している間にへと接近して、声を掛けた。

「お前、本当に陸遜に対しては変態的だよなぁ・・・」

甘寧がしみじみと呆れた様に呟くとは恍惚とした表情を消し去り、甘寧を上から下までみて溜息を吐いた。

「あら、年がら年中上半身裸の露出狂な甘寧には負けますわよ?」
「悪かったなっ!!っつーか誰が露出狂だ!」
「甘寧、甘興覇、貴方ですわ」
「・・・もういい」

基本的に口が回るに勝てる筈もなく、甘寧はその場に項垂れた。
凌統は二人の様子に笑いが我慢出来ず噴出す。

「ぶははっ、陸遜以外にはそんな感じだよなぁ。って」
「当たり前ですわ。陸遜はこの世で最高の殿方なのですから」

凌統の言葉には華の様な笑みを浮かべてそう紡ぐと
呂蒙と燃やす燃やさないで言い争っている陸遜に熱い視線を送る。

「片思いなのにそこまできっぱりと言い切るのが凄いよ」

驚嘆の余りそう呟く凌統には真顔で返答する。

「隠し切れない程の愛が溢れてますの」

あまりに本気かつ真剣な視線に思わず甘寧と凌統は思わず視線を逸らした。
それは直視してはいけない様なものを見てしまったとか
そんな何とも言えぬ感情が勢いよく心中を支配したからである。

「あー・・・うん、聞かなきゃ良かったっつーか・・・」
「本当にお前には俺も驚く。それより陸遜自体は一体どう思ってんだろうなぁ?」
「甘寧って前々から思っていましたけれど、馬鹿ですわよね?
本人を目の前にそういう話をするって馬鹿ですわよね?いえ、本当に馬鹿ですわよね?」

可哀想なものを見る目で告げられた甘寧は声を荒げる。

「三度言うなっ!っつーか悪かったな!馬鹿で!」
「自覚症状はあったんだな。アンタにも」
「凌統・・・てめぇなぁ・・・」

いつもの様な勢いでまた喧嘩が始まるかと思ったがここには仲裁役として度々注意をする呂蒙が居るのだ。
未だ陸遜への説得を続けていた呂蒙は甘寧に向き直ると怒声を響かせる。

「こら!甘寧!先程、注意したばかりで喧嘩するな!」
「でも、今のは俺は悪くねぇと思うんだけどよ?おっさん」
「おっさん、言うな!大体、お前はな・・・」

再び甘寧は説教を聞く羽目になり、元凶のと凌統を睨むが
二人はにっこりと笑って声に出さずに口だけを動かし、激励を述べた。

、貴女には私と一緒に来てもらいますからね」

陸遜が怒気を含んだ声色でそう呟く。
だが、その表情はどこか純粋な怒りだけではない何かが見え隠れしているのを凌統は見逃さなかった。
首を傾げてまじまじと陸遜を見るとその視線に気付いた陸遜が怪訝そうに凌統に声を掛けた。

「何ですか?人の事をじろじろと・・・」
「いや、別に何でもないけどまあ、一応、も女だし、御手柔らかにしてやってってだけかな」

凌統の言葉に陸遜は思わずを見て更に凌統と交互に視線をやる。
そして、最終的にを指差すと信じられないと言わんばかりの顔をして凌統に告げた。

「この人がちょっとやそっとで落ち込むとでも・・・?」
「いやぁん。褒めないで下さい。陸遜」

見当違いな発言極まった言葉が飛んできて、陸遜は諦めに似た溜息を吐く。

「誰も褒めてませんから。その無理矢理良い方向へ考える脳内変換止めて下さい」
「・・・うん、まあ、陸遜。頑張りなよ」

最終的に何か可哀想だなと凌統は思いながらそんな二人を見送った。

「・・・あれ?そういえば陸遜って大抵の人には敬称つけてたけど、は呼び捨て・・・?」

一応、は陸遜よりも地位は高い。
あんな風にちょっとばかしおかしな所はあるものの女性ながら
武人としての腕は誰にも勝るものを持っているからである。
それにしても何故、呼び捨てなのだと去っていた二人の方向を見て凌統は一人呟いた。

「何だかかんだ言って特別・・・って事なのか?」

そんな凌統の疑問に答える人物は勿論誰一人居なかった。





「御説教の続きだと思っていましたけれど、何処へ行くのでしょうか?」
「別に、説教の続きをしようと思ってついて来て下さいと言った訳ではありません」

暫く歩いていた二人はそんな会話をして、足を止めた。
はにこにこと微笑みながら陸遜の背に視線を送る。

「では、御散歩でも?」
「貴女が、そう望むならばそれでも構いませんよ。
今日は、天気も良かったですし、星も多いですからね」
「そうですわね。陸遜と一緒なら何でもいいですわ」

恥ずかしげもなく、直球で紡がれるの言葉に陸遜は頬を少し朱に染めて視線を逸らした。

「貴女が時折、羨ましく思えますよ。素直に思った事を口に出せる貴女が」
「私は私、陸遜は陸遜ですわ。人それぞれなのです」

自然と陸遜の手を取り、そう微笑むに陸遜は少し表情を柔らかくした。

「私は今の陸遜が好きですわ。とても、とても大好きですわ」
「貴女の気持ちは嫌ではないですよ」
「それはどう受け取ればいいのかしら?」
「お好きに取って下さい」

素っ気無く告げる陸遜の言葉にはくすりと笑いを浮かべて繋いだ手を見つめた。
掌から伝わる鼓動が互いに早い事を感じて、
笑みを深めると陸遜と同じ様に満点の空を見上げた。


黄菖蒲の如く鮮やかに燃える私の愛を焔を愛する貴方に。
(陸遜、どうせならばこのまま一緒に同衾しません?)
(貴女はやはり少し慎ましやかさを持つというか空気を読めるようになって下さい)