燃え盛る炎の先にあるのは常に惨劇だ。
幾度も繰り返される惨劇は何時しか喜劇に変わり、そして、私を奈落の絶望へと突き落とした。
紅蓮に揺れる炎は酷く熱く、酷く冷たい刃となって心を、砕く。
嗚呼、如何して、こんな結末になったのだろうか。






紅蓮の絶望







「この戦が終わったら、私と、結婚して頂けますか?」
「・・・え?」

戦の前に恋人であると二人っきりになった時、思いきって告げた言葉。
彼女は驚いて目を見開いて此方を見つめてきた。
一世一代の私の告白はやや声が震えていた様に思う。
だけど、そんな事すら気づかぬ程に彼女は驚いて固まっていた。
それが私の不安を煽り、急かす様に言葉を更に掛ける。

「私では、駄目でしょうか?」
「そんな事は・・・!ただ、そういう事を言われたのは初めてだったから・・・
その、とても嬉しい。ありがとう。私で、よければ宜しく御願いします・・・」

頬を染めて少し照れくさそうに笑う彼女に感極まって抱きつく。
小さな悲鳴が聞こえたけれど、彼女もすぐに私の背に腕を回した。
触れ合う体温が此処まで心地良く、幸福に満ちたものだと感じるのは初めてで胸が熱い。

「幸せに、なりましょうね。誰よりも、幸せに」
「うん・・・陸遜と私ならなれるよ」

この瞬間だけはこの世で一番幸せな二人だと思った。
本気でそう、思っていた。
そして、すぐに戦が始まり、壮絶な炎が辺りを包んだ。
敵へと仕掛けた火計は見事に戦を勝利へと導き、漸く約束が果たされると思った。
だが、約束は果たされる事はなかった。

「も、申し上げます・・・将軍、戦場にて・・・討死との知らせが・・・」

そう、今回の火計が成功したのは彼女が命を賭して敵を喰い止めたからだったのだ。
それは文字通り彼女と彼女の部下達数名の命達と引き換えの勝利だった。

「なん、ですって・・・?」

勝利に微笑んだその直後にそれを聞き、私は、嘘だ、と走り出そうとしたのを周囲の人々が止める。

「陸遜!!落ち着け!」
「これが、落ち着いていられますか!?が、死んだなど・・・!」
「今更、行ったってあの、炎に呑まれたなら死体すら灰になってる!!」
「それでも、私は・・・!私は・・・!!うぁあああああああ!!」

その場に崩れる様に座りこむと行き場のない気持ちを吐き出す様に泣き叫んだ。
何故、こうならねばならない。
私ばかり、何故、こうも大切な者を失くさねばならない。
それが、私ばかりでないと理解していてもこの世界全てが敵だとすら思えてしまう程に私は絶望へと落ちていった。
死に顔すら見れず、彼女の残したものはたった一つの約束とその時の笑顔だけ。
乱世が生んだ悲劇に私は耐えられず次第に壊れていった。
彼女がいないこの世界など、もう、いらない、と。

「陸遜様、本当に宜しいのですか?孫呉は貴方が元は居た軍ですが・・・」
「構いませんよ。貂蝉殿。私は、決めたのです。この世を滅ぼす、と」
「その為ならば俺達とも手を組む、か。ふん、まあいい。俺の邪魔さえしなければ」

何処か私の胸の内を悟っている様な態度の呂布殿に苦笑を漏らす。
貂蝉殿も再び訊ねる事はせず、呉の地へと視線を移した。

「それでは行きましょう。この陸伯言が、全てを奪う紅蓮の炎で戦場を彩ってみせます」

狂気を宿した瞳でかつて彼女と過ごした地へと火矢を飛ばす。
きっと、彼女は望んでいないだろうけれど、それでも私はそうしなければもはや生きて居られなかった。
共に死ねたならばまた結末は違っただろうに。
嗚呼、本当になんという喜劇だろうか。
彼女を奪った炎がまた、命を奪っていく様に私は狂った笑いを浮かべた。


狂う程に愛していた貴方を亡くし。
(献花ならぬ献火を捧げ、貴方を今日とて苦しみながら想うのです)