誰が赦そうとも自らの手を血に染めた事には変わらない。
誰が赦そうとも己の罪を己自身が赦す事が出来ない。
そして、そんな罪人が人を愛し幸せになる事など到底赦せれやしない。
だけど、私は恋をして、彼女を愛して、触れたいと願う。
浅ましくも通じ合いたいと希うのだ。






震える指先







「サガー!この書類なんだけど処理の仕方って・・・」
「ああ、それは・・・」

無邪気に呼ばれた自分の名前にどきりと心臓を高鳴らせる。
初恋に溺れる少年の様に声が緊張で震えそうになるのを隠しながら必死に平静を装う。
気付けば彼女を想う様になっていた私。
気付かなければ良かったと思う様になったのは何時の事だろうか。
積もり積もる想いは今にも溢れんと杯の中を揺らぎ揺らめく。
自分にもし、何の罪もなければ想いを伝える事だってしたかもしれない。
だけど、私は罪深い人間なのだ。
幾多の命を殺め、血に汚し、嘆きを呼んだか。
誰が赦そうとその過去を忘れて幸せになる道など選べなかった。
だから、いつも自分に言い聞かせる。
彼女が幸せに微笑んでいてくれるだけでいいのだと。
私の事を思っていなくとも花の様な笑顔を絶えず浮かべて
幸せで居てくれるだけで自分の心は満たされるのだと。

「あ!そっか!ありがとう!サガって人に教えるのがうまいよね」
「そんな事はない。だが、の役に立てたなら良かった」

嬉しげに礼を言い微笑むと私に賛辞を贈る彼女に少し照れ臭くなりながらも微笑み返した。
上手く笑えているだろうか、頬が紅くなっていたりはしないだろうか。
そんな顔を年下の彼女に見せては恥ずかしいと必死に繕っての笑顔。

「ふふっ。あ、じゃあ、私、これ沙織ちゃんに見せてくるね」
「ああ。じゃあ、この書類も御願い出来るか?」
「うん。いいよ。そうだ!ねぇ、サガ。もう少しでそれ、終わりそう?」

書類を手渡しながら他に女神に渡す書類はなかったかと確認していると首を傾げてそう問い掛けてきた
その仕草にまた頬に熱が集まるのを感じて小さく息を吐く。
一挙一動全てが可愛らしく愛おしいなんて本当に末期だと思いながら返事を返した。

「ああ。もう殆ど終わっているからな」
「そっか。じゃあ、これ、沙織ちゃんに見せてきたら御飯食べに行こうよ!」
「私、とか?」
「駄目、かな?」

予想外の誘いに目を丸くして問い返すと不安げに瞳を揺らして再度訊ねてくる
駄目な筈もなく、本当は歓喜しそうなのだけれどもそれでいて苦しい。
想いに歯止めが効かなくなりそうなのを必死に自分の罪を思い返して留めているから。
こういう時、自身がカノンの様に直情型の人間でなくてよかったと思った。

「いや、そんな事はない。それじゃあ、が帰ってくるまでに終わらせておこう」
「やった!じゃあ、ちょっと行って来るね」
「ああ」

穏やかな笑みを浮かべて頷けば飛び上がらんとばかりに喜ぶ
先程までの苦しさが一気に軽くなるのを感じる。
そして、私の横を擦り抜けて女神の所へと向かおうとする
その背がふいに遠くに感じられて思わず手を伸ばす。
無意識に伸ばされた手は微かに彼女の黒髪を霞めるも届かない。

「!私、は・・・」

我に帰って心の内が思わず声に出る。
何故、手を伸ばしたのか。
触れる事は一切しないと誓っていたのに。
それでも自分は遠くに行ってしまいそうだと錯覚した彼女の腕を掴もうとした。
考えるよりも先に想いが行動に出させた。
伸ばしたまま行き場の無くなった手をそっと胸元に引き戻す。
少し震える指先を見て私は自嘲した。
嗚呼、やはり私は浅ましい人間だと。
あれ程に罪に溺れ、血に汚れたこの手であの愛しい彼女に触れまいと思っていたのに。

「赦されないのだ・・・私が、彼女に触れる事など・・・」

椅子に落ちる様に腰を下ろすと俯き、強く強く瞳を閉じた。
力が入り過ぎて震える瞼を感じる。
視界が闇に染まり、これが私の生きる道なのだと言い聞かせた。
それでも、きっと、私はこの恋を忘却の彼方に捨てる事は出来ないのだと実感していた。


戒めも簡単に朽ちる程の強い想い。
(私はこの想いを押し殺さなければならないと何度も自分に言い聞かせた。)