雨が続く日は嫌いだ。
貴方が貴方でなくなるから。
今まで壊れそうなその姿を何度も見てきた。
もう限界。
嫌われるかもしれない。
傷つくかもしれない。
それでもいい。
もうその殻を壊してあげるから。






絡まる鎖は雫に溶けて







「もう、限界。この空気の重い事。耐え切れない」

三蔵のいない部屋で私が声を上げると三人が三人とも私を見た。
私はその視線を気にせず部屋を出て行こうとした。

「おいおいおい!!!お前、また三蔵のとこ行く気か!?」
「そうよ?悪い?」

機嫌が最高潮に悪い私は思わず止めようとした悟浄を凄い形相で睨み付ける。
その気迫に押し黙った悟浄に代わり八戒が私に制止の言葉をかける。

。また怪我をしてしまう可能性だってありますし」
「もう頭にキテんの。誰が止めたって行くから」

とうに我慢の限界だった。
あの生臭坊主ときたら根暗に拍車をかけて引きこもり。
食事は取らない、水分も取らない、睡眠も取らない。
餓死して死ぬ気か?と思う馬鹿げた事をしてみせた。
過去にどんな事情があるのかは知らないけれど。
一度説教に行ったらあろうことか拳銃を持ったまま殴られた。
額にはまだその名残で傷跡が残っている。
この時点で私の怒りは頂点に達していたのだがそれも数日は我慢してやった。
が、以前に引きこもりをやめないあの馬鹿にはもうマジで限界。
私は三人についてい来ないでと睨みを利かせると思いっきり勢いよく扉を閉める。
そして、隣にある三蔵の引きこもり場所の扉を勢いよく開けた。

「オハヨウゴザイマース。三蔵サマ」
「・・・・・・」

その場にそぐわない微笑を称えて乱入してみれば目つきの悪さ三割り増しで睨まれる。

「出て行け」
「うるせぇよ。生臭坊主。出て行かせたければこの前みたいになのじゃ生易しすぎる」
「出て行け」
「うるせぇってんだろが。お前こそ外に出ろ」

噛み合わない会話を続ける。
するとしばし沈黙が訪れて睨み合いが続く。
私はその間にも距離を縮めた。
そして、三蔵のが座り込んでいるベッドの上に座り込む。
これはこの間も実行済みでこれをして私は三蔵に殴られた。
だから、今迫ってきている拳にも気づいて私は片手で受け止める。

「前と同じ手は通用しねぇーだよっ!」

受け止めると同時に空いている片手で拳を作り頬を思いっきり殴ってやった。
正直、痛い。
何故、こんな痛い思いをせねばならんというぐらい痛い。
普段、私は肉弾戦タイプじゃないのだ。
たまに肉弾戦をしても足を使うのが主流。
拳で殴るなんて専門外だ。

「ってぇ・・・!!何しやがるっ!!!」
「何しやがるはこっちの台詞だ!ボケ!こっちはなぁ・・・拳銃持った手で殴られて傷残ってんだよ!」

そう言って攻撃第二段を躱す。
本当に女にも容赦しない男だ。
正直、あの時は八戒ですら青褪めていた。
打ち所が悪けりゃ下手したら死んでたって。
怪我をさせられたこと、殺されかけた事に関しては別に構わない。
勝手に私がやった事だし。
でも、これ以上皆に心配かけてんじゃねぇって思うから私は三蔵に説教をしに来たのだ。

「過去に何があったか私は何にも知らない。
だけど、過去を引き摺って悲劇の主人公気取ってんじゃねぇよ!」

胸倉を掴み告げる。

「引きこもって何もしないでいてそんなこと誰か望んだ?
お前の自己満足に人を巻き込むんじゃねぇよ!ボケ!お前を・・・心配する奴も居るんだよ。それに気づけよ!」

怒鳴り散らしながら泣く私の姿に今日初めて三蔵が顔色を変えた。
これまで旅をしてきて私は一度も泣いた事なんてなかった。
どんなことがあっても泣かなかった。
この世界に行き成り放り出されて、訳もわからぬまま旅をする事になって色々大変な事があっても泣かなかった。
でも、もう我慢できなかった。
よくわからないまま誰かが弱っていく姿を見るのは辛くて辛くて。
何よりも辛くて仕方がなかった。
好きな奴なら尚更だ。
私はもう何も言えなかった胸倉を掴んでいた手も次第に力が抜けていく。
へたりと座り込んだその場に手を落ちていき、シーツをただ握り締めるだけだ。
声もなく泣き続ける私は俯き動くことすらできなくなった。
苦しくて苦しくて辛くて辛くて。
すると、急に三蔵が動いた。

「泣いてんじゃねぇよ。バカ女」

いつものような口調で、だけど、どこか弱々しい声が近くで響く。
私はそれにハッっとして顔を上げた。
驚き見開いた私の瞳の奥に映る三蔵はさっきみたいに濁った瞳ではなく、ちゃんと意志の篭った光が瞳に宿っていた。

「さんぞ・・・」
「悪かった」
「え?」
「悪かったって言ってんだよ。全部。怪我させた事も含めて全部」

あの人に頭を下げるのが死ぬことより嫌そうな三蔵が私に謝罪の言葉を述べた。
それに驚き思わず涙が引っ込む。
が、今の状況を理解するとさっきよりも激しく涙が溢れ出した。
自分の意志ではなく、無意識に溢れ出すそれを止める術はなく、涙をそのままに三蔵を見つめる。
三蔵はぎょっとした様な顔をして次に乱暴に私の目を擦った。

「なっ!?なんで余計に泣くんだ!?お前はっ!!」
「だって三蔵が悪いんだぁー!ボケ!」
「そんなもん知るか!!バカ女!!」

泣き続ける私の手を引いて抱き寄せる三蔵。
その温もりを感じて私はまた涙が溢れる。

「心配させんなぁー!生臭ハゲ坊主!」
「お前・・・いつにも増して口が悪りぃな。わかったから泣き止め。うるせぇ」

しばらくそんなやりとりをした私はそのうちそのまま眠りについてしまった。




「ったく。泣き疲れて眠るなんて子供か?こいつは」

愛しむように頭を撫でてを見る。
あんなに憂鬱だった雨がもう気にはならない。
泣いたところなんざ一度も見た事がなかった。
なのに、あろうことかこいつは俺の前で初めて泣いて見せた。
原因が俺ときている。

「変な女。・・・まぁ、嫌いじゃねぇな」

そう呟いて瞳を閉じた。
思えば悉く変えられてる気がする。
に出会ってから。
異世界から来た変な女。
ただそれだけの認識だったのにいつの間にか人の心に土足で踏み込んできやがって。
今では居なきゃ変な感じだ。
なんだか気にくわねぇが悪い気はしねぇ。

「俺も、堕ちたな」

自嘲気味に囁いて体を横たえた。
今まで感じなかった眠気がどっと押し寄せてきたようでそのまま眠りについた。



愛しき者の涙こそ<過去>と言う名の鎖を解く鍵。