あの女子高生探偵として名を馳せている桂木弥子の隣に立っていた少女。
漆黒の長髪、漆黒の睫、漆黒の爪、漆黒の衣服。
そんな黒で塗り固められた彼女の印象は通常なら黒。
だけど、俺の印象は強く強く異彩を放ち咲き誇る蒼い瞳の蒼だった。
サファイア・ノワールアナンジュ
「あ!笹塚さぁーん!」
またこの声が響くのかと顔を上げて見て見ればその日は日常と化した光景とは少々異なっていた。
弥子ちゃんと助手まではいい、その間に居る弥子ちゃんと同じ制服を纏ったやや背丈の高い少女。
穏やかな笑みを浮かべて曇りのない瞳を此方に向けているその美貌の少女の手を引いて弥子ちゃんは俺の傍に駆け寄ってきた。
「弥子ちゃん。その子は・・・?」
「えっと、この子はって言って私の同級生なんですけど急遽事務所を手伝ってくれる事になって」
紹介された少女はきっちりと頭を下げてお辞儀をする。
「初めまして。と申します。どうぞこれから関わる事も多いと思いますので何卒宜しくお願い致します」
今時の女子高生でここまで礼儀正しいとは珍しいものだと思いながら顔をゆっくりと上げる彼女を見つめた。
そっと差し出される細く長い指先と共に露になった蒼い蒼い蒼穹の瞳。
どんな至宝よりも深淵に近しい蒼を煌き輝かせているそれに息を呑む。
心の臓を絡め取られるような感覚に堕ちた。
その魔性の瞳とも思える瞳に魅入られた俺は呼吸すらも忘れて見つめた。
その様子に不安げに彼女が瞳を揺らがせるまで。
「あ、ああ。済まない。珍しい瞳の色だと思って。俺は、笹塚衛士だ。よろしく」
「笹塚衛士、さん、ですね。覚えました」
交わす手を離すと両手を頬に添えて嬉々と告げる。
温和で清純なその性格とその強い瞳が心に深く刻まれた最初の出会いだった。
それ以降も彼女は弥子ちゃん達と共に様々な現場に居た。
彼女はあれだけ温和で優しい性格ながらも芯が強いらしく、殺人事件が起ろうと物怖じしない子で。
頭の回転も速く、疑問点を直ぐに導き出して謎の解明により一層早く近付く。
それ故に彼女は探偵の仕事を手伝っているのだろうか?
ただ、友人だからと言ってこういう仕事に携わるのも妙な気がしたのだ。
彼女は興味本位で関わるような子ではないと思うから。
というか何故こんなにも彼女が気になるのかがよく理解できないが。
思わず、ほんの少し好奇心もあって何気なく尋ねた。
「ねぇ、ちゃん」
「はい?何でしょう?笹塚さん」
たまたま二人っきりになって丁度いいと思い口に出した。
その心に引っ掛かって止まない疑問を。
「どうして、ちゃんは事件に関わろうとするの?」
俺の言葉に驚いた様に顔を勢いよく上げたちゃん。
だが、すぐさまその表情は驚きから何の感情も感じられない表情に変わった。
ただ、そこにあるのは無だけだった。
全てを押し殺すように全てを掻き消して仮面を被ってしまった少女に俺は過ちを犯したのだと気付く。
でも、時は既に遅し。
発してしまった言葉は戻ることがない。
暫く居心地の悪い沈黙が針の様に鋭く俺を貫き続けた。
その沈黙は破られる事がないであろうと思っていたが予想等しなかった言葉が降り、破られた。
サファイアの瞳の少女によって。
「私は、貴方と同じですよ。笹塚さん」
「え・・・?」
「貴方と私は同じ。大切な者を何者かによって無残に破壊の限りを尽くされた。だから、私はこの場に居る。貴方なら判りますよね?」
彼女の言葉は虚偽等なく、ただありのままを述べていた。
最初、事件で会った時見た強い異彩を放つ強靭な意志を持つサファイアがそれを真実だと物語っていたのだ。
何故、俺の過去を知っているのかとか色々と疑問は過ぎるがそれよりも何よりも無に近しかった少女の顔に悲哀が薄らと浮かび上がって。
嗚呼、確かに俺と一緒だと思った。
強き姿を演じ、弱き心を隠し、真実を追い求め続ける自身をまるで鏡で見ているかの様に同じだった。
「そう、か」
「はい」
ただ、それだけの言葉を交わすと俺たちの空気は一気に緩和していった。
何故だか理由など判りはしない。
だけど、自然とそれがあるがままの形だと言わんばかりに。
「笹塚さん」
「何だ?」
「私、この事を話したのは貴方が初めてです。同じ境遇だからと言うのもあったかもしれない。
けれど、それ以上に何か言わなければいけないと言う気持ちがあって告げました。忘れないで下さい。貴方だから話たって事を」
真摯な瞳で彼女はそれだけを言ってその場を去った。
一体どういう意味なのかは理解が出来ないが。
きっと言った本人も理解できていなかったのだろう。
新たに芽生えた・・・否、確信へと変わった感情に笑みを浮かべる。
「・・・自惚れても知らんぞ」
同じ傷を持つ者同士ではなく愛する者同士へと変わりましょう。
(美しくも黒い翼を持つ、蒼い悲哀の天使は今日も真実を抱いて彷徨う。)
(いつか、俺が隣に必ず行くからどうか今は耐え忍んで俺を待っていて。)
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