偽りの笑顔で自分の本当に仮面をして。
苦しくない?
辛くない?
いつも遠くを見てばかりで、笑顔の中に悲しみを隠して。






タイトロープ







「あれ?笹塚さんじゃないですか」

珍しく早く仕事が終わり家への帰路について居た所、聞き覚えのある声に呼び止められた。
その声の主はいつもの制服姿とは違い、私服だった。
漆黒の長い髪を泳がせて白いシャツに黒のネクタイ、コルセットが綺麗なシルエットを描きその下は細身のブラックジーンズ。
手はレザーの手袋で覆われていて、靴は黒い同じくレザーのブーツ。
普段と余りに違う印象を受けるその格好に思わず銜えていた煙草を落す。

ちゃん・・・今日はえらく普段と雰囲気が違うね」
「今日、日曜日ですからね。私服じゃないと逆におかしいですよ」
「あ、うん。それもあるけど・・・」

こう、なんて言っていいのだろうか。
決して誰にも触れさせはしないという様な毅然とした雰囲気を身に纏っているような気がした。
制服の時よりも数段大人っぽいのは彼女の精神面からによるものだろうか?
まあ、何ていうか・・・

「綺麗だね」
「・・・笹塚さんって時々サラッと殺し文句言いますね」

少し頬を薔薇色に染めてはにかむ彼女に惚けた様に首を傾げて「そうかな?」と答えた。
俺は本気でそう思った事しか言ってないし、特に気にしていないからそういう事を言われるのは心外だ。

「で、ちゃんはこんな遅くまで友達と遊んでたの?」

こんな遅くというのも当然の時間。
珍しく早く仕事が終わったと言っても今時計の針は九時を過ぎている。
遊んでいたと言うのには中々感心できない時間だ。
でも、彼女はそんな俺の予想を裏切り思わぬ回答を返す。
表情一つ変えず。

「いえ、墓参りに行ってきた帰りなんです」
「・・・墓参り?」

笑顔で言われたからか訊ね返すのに数秒間が空いた。
静寂を保つまるで二人っきりだけの世界の様な公園の中、光に飛び交う羽虫の影以外何の変化もなく時が止まったようだった。

「私、家族が居ないんです。所謂、孤児なんです。10歳で両親を亡くして、15歳で兄を亡くしました。
生活費は両親と兄が多額の遺産を残してくれたので何ら不自由はありませんけどやっぱり寂しくはありますね」

嗚呼、そうか。
彼女の言葉で漸く少し理解した。
彼女の中に見え隠れする悲しみが。
君は、俺と同じ、独りだからなんだと。
だけど、俺と違うのは君は・・・

「今日はその家族の墓参りと私の親友の墓参りだったんです。
親友は事故で亡くなりました。私を庇って。両親もそうだったんですよ?兄もそうだった」
ちゃん・・・」

そう、君は目の前で彼らの死を見てきていた。
目の前で自分の為に死する大切な人たちを。
どれほどの惨劇だろう。
どれほどの悲劇だろう。
彼女にどれだけ神は過酷な事を強いるのだろう。
だから、彼女はありのままの自分を隠してしまった。
虚実の笑みばかりを浮かべる子にしてしまった。

「だから、私は死神なんです。大切な人達を次々に死に追いやってしまう」
ちゃん。それは、違う」

漸く出てきた言葉を彼女は笑顔で切り捨てる。

「違いませんよ」
「いや、違うよ・・・「違わない!!」」

初めて聞いた叫び声に動きを止める。
声が出ない。
伝えたい事があるのに。
彼女の仮面が、剥がれた。

「私は、意図せず人殺しなんです。だから、私は誰とも深く関わらずに生きていこうと決めた。
でも、笹塚さんは・・・それをどうしてさせてくれないんですか?私に関わろうとするんです?」

それは、最初は同じ人間だと思ったからだった。
俺と同じ痛みを持った俺を理解できるであろう女性。
気付けばそれは違った。
彼女の痛みは俺の痛み等には及ばないものだった。
だけど、それでも彼女に惹かれた。
彼女の本当の顔がみたいと思うようになった。
本当の心が、魂が欲しくなった。

「俺は、君が好きだ」
「な、に言ってるんですか・・・?」

今、この状況で言う台詞じゃないとも思う。
拒絶されてるのも判っている。
勝手なのも判っている。
例え全てが壊れても、無理なんだ。
片腕を引っ張ると彼女を抱き寄せ、そのまま顎を掴むと貪るように口付けた。

「・・・んぅっ・・・!?」

深く深く。
こんな行為でこの想いの全てが伝わればいいのにと想いながら。
彼女の全てを侵し尽くす様に口付けた。

「んはぁっ!」

唇が離れて荒い呼吸を繰り返す彼女に俺は告げる。

「俺は、死なない。君を守っても絶対に」
「そん、なの判らない・・・」
「まあ、確かに何があるか判らない。だけど、俺は、死なない」

勝手な言い分に彼女は戸惑うように視線を逸らした。
でも、俺が何の勝機もなくこんな事を言ったんじゃない。

「君に俺は拒否できない。君は、無意識に俺を求めた。でなきゃ自分の隠していた過去をすんなり話す筈が無い」
「・・・そ、れは・・・」
。俺は、死なないよ。だから、君は死神なんかじゃない」

反論しようと弱々しく顔を上げた君の唇をまた自分のそれで塞ぐ。
手に入れる為ならば構わない。
君を拘束し、雁字搦めにして離れなくしても。
君を壊そうとも俺は。



強硬手段、危険な賭け。
(君を愛しているからそうするんだ。理由はシンプルなものだ。)
(嗚呼、築き上げてきた虚実が壊されていく。私諸共、全て。)