貴方が生まれ出でた日というだけなのに
何故、こうも愛おしく優しい気持ちになるのか。
人とは不可解な生き物だと思った。
だけど、そうであるからこそこんなに幸せな気持ちにもなれるのだと思った。






唯一無二







寝台の上で他愛のない話をまだ、仕事に向かう仲達にしていた私は
唐突に今思い出したの言わんばかりに、あ、と声を上げた。

「仲達は今日が誕生日なのよね?」
「―――言われてみればそうだったな。それがどうした?」

素っ気無く返された私の言葉。
興味なんてない素振りを見せているが今日一日ずっとそわそわしていたのを私は知っていた。
本人はたぶん気付いてないと思っているのだろうが丸判りだった。
でも、そんな所すら可愛いと思って眺めてしまっていたから私も大概仲達馬鹿である。

「ふふ、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」

寝台から離れて仲達を後ろから抱き締めて頬に口付けを落とす。
細いとはいえ、やはり仲達も男性で女である私とは違い肩幅が広くしっかりしている。
そんな事を思いながらより一層ぎゅっと抱き締めると仲達がふと私の腕に触れてそのまま力一杯引っ張った。

「きゃっ!?」

本当に普段机にばっかり向かっているとは思えない程の力に引っ張られた私は均衡を崩し、
そのまま前のめりになるとそのままぐるっと視界が反転して、仲達の膝の上で横抱きにされた。
そして、さっき私が抱き締めた時よりも強く抱き締められる。

「ちょ、苦しいわ。仲達」
「少し、我慢しておれ」
「我慢って・・・!」

無茶を言うと表情を伺おうとしたら彼の耳が視界に入った。
真っ赤に染まりきった耳が。

「仲達、照れてるの?」

紅く染まった耳を唇でつんと刺激すると肩を微かに上下させて息を呑む仲達。

「聞くなっ!」

必死になるが可愛くて思わず笑みが零れる。

「ふふ、照れてるのね?可愛い」
「うるさいわっ!普段はそんな事すら口にせぬくせに!」
「あら、普段から言っていたら言葉の重みが無くなってしまうわ」

心外だわ、とそう口に出せば漸く心を落ち着かせる事が
出来たのか仲達が顔を上げて不機嫌そうに眉を寄せた。

「そんな偏屈な所だけはあの曹丕殿と双子なだけある」
「・・・兄様ほどじゃないわよ。失礼ね」

兄よりはよっぽど素直なのだと思うのだがと口にすれば、どうだか、と返されてしまった。

「まあ、それはともかく、そんな訳で仲達の誕生日を祝おうと思ったのだけれど、
何をすれば喜んでくれるか判らなくてね。私、そういうのに今までまるっきり興味がなかったから」

その言葉に仲達も、それはそうだろうな、と遠い目をした。
何故ならば仲達に会うまで私は男嫌いだったのだ。
仲達が来るまで御目付け役だった夏侯惇を始め、私の周りは髭面ばかり。
たまに見るだけならばまだしも常となると少々むさ苦しい。
それに男はああいうのが殆どかと思っていたので男嫌いには拍車が掛かってしまったし、
縁談を悉く武器を持って破談にした事もあり、気付けば男があまり寄りつかなくなってしまっていたのもある。
父も最終的には諦め、縁談の話も無くなり、私自身も恋もせず、結婚もせず死ぬのだと思っていた。

「でも、今は仲達に興味津々だけどね」
「ふん、勝手に言っていろ。それより、本当に何をすれば喜ぶか判らんのか?」
「え?」

ふいに真顔でそう聞き返されて私はきょとんと目を見開く。
仲達にとってその反応は不服だったらしく、眉間の皺が深くなる。

「え、ではない。お前は最初から解らんと思い込むとそれ以上考えぬからな。良い機会だ、少し悩め」
「でも、本当に解らないわよ・・・?」

眉尻を下げて不服そうに漏らせば更に言葉を重ねられる。

「何が解らん?お前が喜ぶ事を私にすればいいだけだろう?」

仲達のその言葉に彼をじっと見つめて思案する。
私の喜ぶ事、嬉しい事。
それはつまり仲達の喜ぶ事で嬉しい事だと彼は言う。
それが本当なのか確認する様に私はおずおずと呟いた。

「・・・物は、貰ってもそれほど嬉しく無いわ」
「互いに金に困ってないしな。それに一番欲しいものはこの手にある」
「うん・・・」

不器用で恥ずかしがり屋なのに、時折、こうやって真っ直ぐな言葉を投げ掛けてくる。
仲達のその真っ直ぐな言葉は唐突に降り注ぐからとても恥ずかしい。
だけど、とても、嬉しい。
ああ、そうか・・・簡単な事だ。

「仲達」
「なんだ?」
「私は、仲達の黒絹の様な髪や意志の強いながら美しい瞳が好き」

額を合わせていつも心に秘めている想いを口にすると先程まで難しい表情を
浮かべていた仲達の顔が虚を突かれたかの様に驚きに染まり、瞬きを数度繰り返す。

「美しくて、強くて・・・それでいて誰にも負けぬ智を持っていて・・・」
「ちょ、ちょっと待て!」
「・・・?」

いきなり声を張り上げられたので顔を上げると仲達は必死の形相で訊ねてきた。

「お前、本当にか?」

あまりに不躾な言葉に思わず青筋が立つ。
しかし、あくまで今日は仲達の誕生日だと一呼吸大きく息を吸って落ち着かせる。
が、あまり効果はなく・・・

「失礼ね。私がされて嬉しい事をしろって言ったの仲達でしょう!」
「いや、それはそうだが・・・」
「なら、黙って聞きなさいよ!私だって恥ずかしいんだから・・・!」
「あ、ああ・・・」

結局、少々声を荒げてしまった私はこほんと軽く咳払いをすると再び言葉を続けた。

「私、本当に仲達と出逢えて良かった。人を愛する喜びや嬉しさを知ったもの」
「それは私も同じ事だ・・・お前に会わなければ、きっとこんな気持ちくだらないと決めつけていた」
「うん・・・私、仲達で本当によかった。
こんな風に想う相手が仲達で、絶対に他の人ならこんな風に想えなかった・・・」

口に出しても、まだ、足りない。
溢れ出す想いは止め処なく、私はそれを伝える様に唇を押し当てた。
触れた唇から熱が伝わって、鼓動が早くなる。

「仲達が好き、凄く、好き。愛しくて、愛しくて、苦しくなるぐらい好き・・・仲達だけが・・・」
「ああ・・・」

応える様に仲達が今度は唇を重ねてきて、深く冒していく。
翻弄されながらも私は必死に仲達の頭に手を回して抱き寄せて、更に深く口づける。

「どうしよう・・・本当に、どうしていいか解らないぐらい、大好き・・・」

唇を離して、心から微笑む。
仲達がそんな私を見て、微かに微笑むと瞳を伏せてまた口付けた。
それが離れると耳へと唇を移動させ、小さく囁いた。

「私とて、同じく想っている・・・

真っ直ぐな愛しい言葉がまた、私を貫く。
何だかこれじゃあ、私ばかりが喜んでいる様な気がして、
寝台に移動した後も、その腕に抱かれている間もずっと絶え間なく彼に言葉を紡いだ。





「気持ち良さそうに寝ている・・・」

陽光が差し込み始めた早朝に思わずそう呟く。
生まれてこの方、こんなにも幸せな気持ちを抱いた事があろうか。
あまりに幸せすぎて寝れなかったなど、目の前の女の兄と父には知られたくないものである。
まあ、目の前の愛しい女にすらこんな私を見せるのは
少々気恥ずかしいが見られたからといって別段困る事はない。
そんな情けない自分ですらきっと好きだと、愛しいのだと言うのだろうに決まっているから。

「今、考えるともっと早くに仕官していれば良かったと思う。
そうすれば無為に長い時間を過ごさずに済んだと言うものだ。お前は存外に私を楽しませ、幸せにするからな」

髪を撫ぜながら呟いた言葉はきっと届いていない。
すやすやと幼子の様に丸くなって眠っている愛しい女には。
それでも、それを紡がずにいられなかったのは止め処なく溢れる想いや愛しさ故に。

「さて、少しでも身体を休ませるか・・・」

眠れずとも、もう暫くこの温もりを抱いておこう。


恋は、愛は、私達に様々な事を教え、幸せにする。
(無駄だと、必要ないものだと拒否していた自分の何と愚かな事か)