朝の光に煌く何かにふと視線を奪われた。
光り輝く艶やかな黒に引き寄せられる様に触れると掌に滑らかで心地良い感触が伝わる。

「何をしている?」

思わず恍惚としているとその美しい髪の持ち主である司馬懿が
怪訝そうに後方にいるへと振り返った。






柳の髪







司馬懿の声に漸く我に返ったは照れを含んだ微笑を浮かべて答えた。

「いえ、貴方の髪が綺麗だと思ったらつい、手が伸びてしまって・・・」
「私の髪がか?」
「ええ、朝日に照らされて輝くその髪がとても綺麗で思わず・・・」
「ふん・・・私の髪などよりお前の髪の方が余程綺麗だと思うがな」

さり気無くあっさりと紡がれた言葉には目を丸くして司馬懿を見た。
視線を受けた司馬懿は自分が言った言葉を数度自分の中で繰り返すと
漸く自分が紡いだ言葉の意味を理解して顔を次第に朱に染めて慌てふためいてた。

「い、今のは、そのだなっ!!常日頃思っている事が
つい、出たというか・・・いや!何を言ってるんだ。私はっ!」

段々と墓穴を掘っていく司馬懿の姿があまりに可愛らしくて、
はついには堪え切れなくなり、満面の笑みを浮かべて声を漏らす。

「・・・ふふふっ」
「だから、そのだなっ・・・!聞いてるのかっ!?」
「はいはい、聞いていますよ?嬉しい御言葉有難う御座います」

頭を撫で撫でと子供をあやす様に撫でると司馬懿は更に顔を紅く染める。

「だから、それは・・・」
「はいはい」
「も、もう、知らん!!」

最終的に拗ねてしまった司馬懿の姿がまた愛らしく可愛らしいと
思いながらもこれ以上、笑うと本気で機嫌を損ねて仕舞いかねないと堪える。
そして、一人寝台から降りて小物入れから櫛を出すと再び司馬懿の後ろに座った。

「何だ・・・?」
「お詫びに髪を梳いてあげようと思いまして」
「そんな事で私の機嫌が治るとでも・・・」
「ふふ、私がやりたいからやるのですよ。ほら、ちゃんと前を見てて下さいませ」

こちらに首を向けていた司馬懿の首をくいっと前へと強制的に戻して、髪に櫛を通していく。
痛みが殆どない髪は絡まる事もなく、すっと櫛を進ませる事が出来た。
だが、やはり櫛を通せば元より美しい髪が更にさらさらと艶めく。
更に手触りがよくなっていく司馬懿の髪の感触を楽しみながら髪を梳かすは幸せな心地に笑みを深めた。
司馬懿も司馬懿で先程の不機嫌さなど無くなり、人に髪を梳かれる意外な心地良さに
酔っているのか気持ち良さそうに目を細めてその感触を感じていた。

「はい、終わりましたよ」

暫くして全て梳き終えたが司馬懿に声を掛けると
半分夢心地だった様ではっと我に返ったが如く肩上下に揺らした。
そんな自分に少し羞恥を覚えてこほんと軽く咳払いをすると櫛を直そうとするの手を引いて止めた。

「待て」
「どうかされましたか?」

振り返り何事だと瞬きを繰り返すに司馬懿はそっぽを向きながらもはっきりと告げた。

「今度は、私がお前の髪を梳いてやる」
「・・・貴方がですか?」
「嫌、なら別に構わんが・・・」
「いいえ、嬉しいです。是非、御願い致します」

櫛を渡して再び寝台に腰を掛けると司馬懿に背を向けた。
司馬懿は嬉しそうに自分の髪を梳いていたを見て思わずやりたくなったのだが
それにしても人の髪に触れるのは何となく緊張すると躊躇する。
だが、意を決して髪を一房取って梳くとが嬉しげに自分の髪を梳いていた理由が判った様な気がした。
掌を撫でる様に滑る髪の感触はとても愛おしく、心地の良いものであったのだ。

「やはり、お前の髪の方が綺麗だ」
「何か言いましたか?」
「いいや、何でもない。前を向いていろ」

誤魔化すようにそう言ってまた髪を梳く。
そんな司馬懿にもまた微笑み、穏やかな朝の時間は過ぎていった。
それから朝の日課に互いの髪を梳く事が追加された事は二人だけの秘密である。


深い愛は髪の先まで愛おしく想わせる。
(髪を梳いて微笑み合う二人の姿はまさに比翼の鳥)