「シンク」

そういって微笑むあの人の姿はとても美しかった。
僕は作られた存在。
オリジナルイオンのレプリカ。
導師の代用品として作られた僕。
そんな僕をあの人は大切にしてくれていた。
あの人の前では僕はシンクという名の一人の人としていれたのだ。
あの人だけが僕の存在理由だった。






落花カレイドスコープ








「ああ、シンク。どうかしたか?」

がまだダアトにいた頃。
僕はに拾われていろいろな事を教えてもらった。
代用品としては劣化していた僕はザレッホ火山で他のクズと一緒に捨てられた時。
僕だけ火口の近くに引っかかり死ねずにいた。
ただ、灼熱の溶岩の熱さを感じて生き地獄のような時を過ごしていた。
そんな時、彼女が現れたのだ。
彼女は僕を引き上げると真っ先にこう言った。

「大丈夫か?もう、安心していいのだ。お前は私が引き取り育てよう。
お前は生きていいのだよ。代用品なんかじゃなくて一人の人として・・・」

優しくそう言って頭を撫でるに僕は生まれて初めて安堵という感情を覚えた。
後から彼女が神託の盾の主席総長だと知らされた時は正直驚いた。
レプリカの計画には携わっていなかった為、僕らの話を聞いたのは大分後だったらしい。
僕らがちょうど始末され、数日経った後だった為。
もう生き残ってはいないだろうがとそれでも僕らの為に彼女はあんな場所まで足を運んだ。
そして、僕が生きているのを見て正直驚いたらしい。
まさか生きているとは思わなかったのであろう。
でも、彼女はそんな僕を真っ先に助け出してすぐさま傍に置こうと決心してくれた。
彼女は僕にとっての光だった。
周囲の反対もあったがその地位から無理を言って僕を生かしてくれたらしい。
僕にシンクと言う名をつけてくれたのも彼女だ。

「真紅の炎より舞い戻った者であるお前には良い名だろう?」

無邪気にそう微笑む彼女の姿は未だに脳裏に焼きついて離れない。
こうして生きて彼女の傍にいれるだけで僕は幸せだと思えた。
例え、代用品だろうと生きていいんだと思えるから。
でも、僕は聞いてしまった。
彼女がヴァンの計画を快く思ってないことを。
彼女は敵対するつもりらしい。
その為か最近彼女は身の回りのものを少しずつ片付け始めていた。
それを見た僕は言い知れぬ不安を覚えた。
彼女に捨てられるのではないかと。

「ねぇ。ここを出るって本当なの?」
「・・・ああ。そのつもりだ」

案外あっさりと頷かれたことに僕は驚いた。

「なんで?ヴァンの計画が原因?」
「・・・まあ、それもある。だけどそれだけじゃない。私はシンク、お前が心配なんだ」
「僕が・・・?」
「ああ。お前は導師のレプリカだ。こういう言い方は好かぬのだがな。
導師のレプリカという事でヴァンは必ずお前を利用しようとするだろう。
それが私には許せない。シンクはシンクだ。そんな代用品みたいな物のような扱いは許せない」

自分の事のように怒る彼女に僕は言い知れぬ愛おしさを感じた。
僕はそのままに抱きついた。

「ありがとう・・・
「いや、当然だ。私はお前が大切なのだから。シンク、明日だ。
明日、共にこの地を去ろう。どこか静かなところで暮らそう」

その申し出を僕が断る筈もなかった。
誰よりも一番護るべき大切な存在である神のような彼女の提案を僕には断る術などなかったのだから。
でも、これがアイツに聞かれていたなんて。
そのせいで僕の幸せはあっさりと崩れ去った。

・・・!?!!」

人影が見え、声を掛けるとそこには血に塗れ横たわるの姿があった。
そして、その木の影からゆっくりと出てきたのはヴァンだった。

「シンク・・・逃げ、なさい・・・」
「そんなことはさせませんよ。主席総長・・・」

必死に僕に逃げろと訴えるにヴァンは剣を向けた。
僕は慌てて制止の声を掛ける。

「やめろっ!!!ヴァン!に手を出すなっ!」
「ほぅ。・・・いいだろう。ただし、条件がある」

その言葉に僕はピクリと反応した。
そして、憎らしげに皮肉な笑みを浮かべるとヴァンを見つめこう言った。

「どうせ。アンタの計画に協力しろとかだろ?
僕が導師のレプリカだから・・・クズの代用品でもその力を欲するなんてね」
「レプリカだから必要なのだ。誰にも知られず導師の力を少しでも手に入れる事ができる」

ああ、なんて愚かなんだろうね。
この男は。
でも、それでも僕は彼女が生きる為ならばこの身を捧げてやろうと思ったんだ。

「いいよ。だけど、条件だ。は助けろ」
「シンクッ!!ゴホッ・・・!」

必死に止める彼女の声が聞こえるけれどそれでも僕の気持ちが変わる事はない。
彼女が僕を助けてくれた。
だから、今度は僕が彼女を助けなきゃいけない。
大切なんだよ。
が思っている以上に僕は。
の事がこの命よりも大事なんだ。

「いいだろう。交渉成立だな」
「シンク・・・!!」

叫ぶ彼女に僕は近づいてこう言った。

。ごめん。を僕は失くしたくないんだ」

それだけを言うと彼女の首筋に手刀を叩きいれた。

「っ・・・・!」

呻き声と共に彼女は眠りについた。
そんな彼女を抱き上げて僕は彼女を治すべく歩き出した。

「ふっ、美しいことだな。お前たちの絆は。シンク、お前は何故そこまで自分を犠牲にできる?」

判りきった事を聞いてきたヴァンを尻目に僕は淡々と答えた。

「犠牲になんかしてないさ。僕の命はの物なんだ。彼女だけは僕が護らないといけない。
あの時から、は僕の全てだから。何もないからっぽな僕を存在していると認めてくれる唯一の人だから」

そう言ってゆっくりと瞳を閉じた。
そして、振り返るとヴァンをしっかりと見据えてこう言った。

「まあ、アンタにはわからないと思うけどね」

わかってほしいとも思わないけどね。
これは僕だけの想いだから。

にとって望まない形になってしまったけど。
僕はそれでもを護りたかったんだ。
その日から数日して彼女は僕の前から姿を消した。
どこにいったかなんてわからないけど彼女が無事だという確信がなぜかあった。
それがヴァンの言っていた絆かどうかはわからないけれど。

「今、は何をしてるんだろうね」

最終決戦が迫る中、僕は呟いた。
舞い散る花弁が彼女の表情を思い出させる。
そして、近づいてくる気配を感じて僕は前を見た。
そこにいたのはあの赤い髪のレプリカとその仲間達。
ただ、一度前に戦ったときと違うのは一人の人影。

「シンク・・・ようやく会えたな・・・・」
「・・・・・・!?なんでアンタがそこに・・・!?」
「迎えに来たよ。遅くなったけど。シンク」

嗚呼、なんてことだろうね。
君がまさかここに来るなんて予想外だ。
諦めていた。
もう、君は僕の前に現れることはないと。
夢のようなこの一瞬に僕は思わず目を見開き立ち尽くした。
今、目の前であの頃と変わらぬ笑みを浮かべる彼女の姿。

「シンク。帰っておいで。また二人で暮らそう?」

嗚呼、本当に。
どうすればいいんだろうか。
今の僕はあの頃と違ってもう罪人だ。
いっそ彼女に裁かれ、殺されるのもいいと思った。
けれど、久々に見た彼女の笑顔に僕の心は揺さぶられた。
まだ、傍に居たいと。
ねぇ?
こんな血塗られた僕でも君は受け止めてくれるの?
それなら僕は・・・君の傍に居たいと心から願う。
花弁舞う、この天空に近き場所で。