誰よりも何よりも大切で愛おしい。
僕の唯一無二。






かけがえのないもの








総長!すみません!こちらの書類に目を通していただけませんか?」
「ああ、こちらが終わり次第見る。で、この件は・・・」

僕を助けた女。
その女はこのダアトでも地位が相当上らしい。
いつも色々な仕事で走り回っている。
なんでも神託の盾の主席総長だと聞いた。
実質ここで二番目か三番目ぐらいに地位が高い役職だと。
そんな女が僕を助けたなんて理由が全く持ってわからない。

「(相当の物好きなのか・・・?)」

僕がそう思い怪訝そうに視線をやるとたまたま目が合ってしまった。
すると、彼女はにっこりと笑いを浮かべてこちらにやってきた。

「すまないな。シンク。暇であろう?」
「別に。本読んでるし」

そっけなくそう言ってみれば少しは嫌そうな顔でも見せるかと思ったが彼女はまた笑顔を浮かべた。

「そうか。シンクは勤勉だな。私は勉強が苦手だから羨ましいよ。さて、そろそろお昼にしようか。
・・・私は一息入れる事にする。確認の欲しい書類は机の上に置いて置いてくれ。・・・さぁ、シンク行こうか」

僕は驚いた。
てっきり一人で食事に行くのだろうと思っていたからだ。
考えて見れば彼女は決して僕を置いて食事に行くことはない。
必ずといっていいほど僕を連れて行く。
あまりに暇がなくて食べる時間がない時はいつの間にか僕に食事を用意してくれている。
そう、考えて見れば見るほど僕はここに来て彼女の傍を離れている時間が少ない。
こんな代用品の僕と一緒に居て何が楽しいのだろうか?
しかし、この女のことだ。
きっと何も考えていないに違いない。
そう僕は思うと食事に行く為、彼女の後ろについて歩いた。
すると、彼女は振り返り立ち止まった。
そして、おもむろに口を開いた。

「もしかして、私は歩くのが早かったか?」
「は?別にそんな事はないと思うけど?」
「いや、シンクが後ろを歩くから早いのかと・・・」

いきなり何を言い出すのかと思えばそんな事で僕は思わず口を開けたまま固まってしまった。
本当にこの女は何を考えているのだろうか。

「・・・・なんで僕が隣を歩かないといけないのさ」
「・・・嫌か?」
「別に・・・」

ぶっきらぼうに答えて見れば嬉しそうに「そうか」と笑う
> 本当にこの女は変だ。
なんでそれぐらいで喜ぶのだろう。
僕と居たって何にも楽しいことはないだろうに。
しかし、彼女はそんな僕の考えを打ち消すような言葉を発した。

「いや、本当にシンクに嫌われていなくてよかった。私はシンクと食事をしたり、話たりするのが好きだからな」

思わぬ言葉に僕は驚き目を見開いた。
言われた内容を理解すると同時に顔に熱が帯びるのを感じる。
そして、思わず声を荒げて言い放った。

「アンタ、バッカじゃないの!?僕と居て楽しいなんてさ」
「なぜだ?」
「なぜって・・・・」

さもそんなに可笑しい事かという感じで返答されてはこちらも言葉に詰まった。
すると、そんな僕を知ってか知らずか彼女は僕の手を引いて歩き出した。

「シンク。お前はまだレプリカだなんだで悩んでるみたいだが。気にする事はない。
私はシンクであるお前が好きなんだ。第一、イオンとは全く似てないよ。お前はお前自身なんだからもっと自信を持ちなさい」

何を言い出すのかと思えば本当にわからない。
どうして彼女がそこまで僕を必要するのかを。
でも、それでもきっとこの温かい気持ちは嫌いじゃないと思った。

だから、もう何も言い返さないでただ下を向いて歩みを進めた。
彼女もそれを感じたようにそのまま歩みを進めた。
手をつないだまま。
その手から伝わる体温がまた心地よかったのは言うまでもなかった。
そして、その夜。
夜に目を覚まして見ればまだが寝ていないのがわかった。
カリカリとペンを走らせる音が聞こえたからである。
僕はその音が聞こえると部屋をふと覗き姿を確認し台所へと向かった。
そして、そこであるものを持ってが居る部屋へと急ぐ。

「入るよ」

ノックもせずに両手が塞がっている為に足で扉を開けて入る。
先程姿を確認した際に少しだけ扉を開けておいたから容易にそれは叶った。
僕が入ってきた事に余程驚いたのか目を見開いて固まっているの姿が目に入る。

「お、驚いたぞ。シンク」
「へぇ。アンタでも驚くんだね。面白いものが見れたよ。
それよりハイ。まだ仕事するんでしょ?紅茶。砂糖とかは自分の好みでしてよね」

そうやって差し出せば呆けたまま彼女はそれを手に取った。
しばらくその紅茶を見つめ、僕を見ていった。

「これはシンクが淹れたのか?」
「そうだけど?」
「いつの間に淹れ方なんて覚えたんだ?」

どうやら教えてないことだけに驚いていたらしい。
だけど、こんなこと見ていれば覚えるし、よく紅茶の話をするからが好きだと言う事も知っていた。
でも、なんだかそれはそれでが喜びそうなので言うのをやめた。

「見ていれば覚えるよ。っていうかどうでもいいけど飲むの?飲まないの?」
「いや!飲む!飲むさ!それにしてもシンクは優しいな。わざわざ私の為に」

僕は飲んでいた紅茶のカップを落としそうになった。
確かにの為に淹れた紅茶だ。
だけど、それを知られるというのはなんだか気恥ずかしく。
思わずぶっきらぼうに可愛げのない言葉を返す。

「べ、別にアンタの為に淹れたわけじゃないよ。僕が飲みたかったからそのついでに淹れただけだ!」
「ふふっ。そうか。それでも嬉しいよ。ありがとう」

そうやって彼女が優しく笑い僕はまた顔を赤く染めた。
それを気づかれないよう紅茶を飲み口元を隠す。
本当にこの女は変わってる。
でも、決して嫌いじゃない。
ダアトの人間なんて。
この世の人間なんて嫌いだと思っていた。
だけど、は嫌いじゃない。
きっと僕は彼女の為ならなんだってやるのだろうと思った。
予感と言うよりは確信だった。
僕に何かを与えてくれるのは彼女だ。
いつも隣に居て居場所を作ってくる彼女。
きっとそんな彼女をいつの間にか愛していた。
恋をしていた。
認めたくはないけどきっとそうだ。
そう気づいた瞬間、僕は強くなろうと決意した。
温かな紅茶に映る自分の顔を見て。
彼女を守り、彼女に何かを与えられる人間になろうと思った。
僕の存在意義は彼女である。
そう思ったから。
決して言葉にはしないけれど僕のたった唯一無二だから。
彼女を傷つける全てから守ろうとその日誓ったのだ。



(温かな紅茶に揺れる自分の瞳に映るのは揺るがぬ決意の色だった。)