「何の為にこんな事をする!!」

紅の髪の少年はそう叫んだ。
私は荒い息を整えながら少年を見据える。
正しくは少年とその少年の仲間を。

「何の為だと?貴様等こそ何の為に戦う?」
「俺達はこの世界を守りたい。この世界にいる人達の幸せを守りたい!!」
「私はそうは思わない。あの御方を拒否する世界など壊れてしまえばいい。
あの御方を傷つける世界など無に帰ればいい!私はそれだけの為に戦うっ!」

再び白銀の自身の大剣を手に取ると鋭い視線を投げる。

「私は、あの御方の為にお前たちを倒すっ!!!」

そう、あの御方を傷つけるものは全部破壊する。
それが私にできる唯一の事だから。






死する私に響いたのは愛すべき約束








あの御方と出逢ったのは本当に偶然だった。

「失礼します。今日より神託の盾第五師団副師団長を務めさせて頂きます。と申します。ご指導の程どうぞよろしくお願いします」

椅子に座ったまま視線を一度こちらに向けるとすぐさま先ほどまで読んでいた本に視線を戻す。

「ふーん・・・、ね。まあ、適当にしてよ」

興味のない声色が辺りに響き渡る。

「は、はい。あの、師団長閣下・・・」

仕事の件について説明していただきたいのですがと尋ねようとしたのだったがそれは叶わなかった。

「シンク」
「え・・?」

唐突に告げられた言葉。

「僕の事はシンクで構わない。閣下ならヴァンだけで十分だからね」

予想外の申し出に私は少し戸惑いを覚えた。
しかし、上司からの申し出だ。
無下にするわけにもいかずに私は素直に言う通りにする事にした。

「で、では、シンク様・・・・」

すると、再びこちらにふと視線を向けた。
そして、溜息をつくと立ち上がりこちらに近づいてきた。

「・・・まあ、それで許してあげるよ。で、仕事のことでしょ?聞きたいのは」
「あ、はい」

私の質問は先読みされていたらしくすぐさま説明をしていただけた。
これが初めてシンク様に出会い、言葉を交わした瞬間だ。
配属される前から姿は何度か拝見していた。
それでもやはりここまで間近に拝見する事はなかったので色々と印象は変わった。
一緒に仕事をし、戦いを共にするようになって私のシンク様のイメージはどんどんと変わった。
最初は冷たい方かと思ったが本当はとても優しい御方。
そして、深い孤独を背負っている御方。
それを知ったのは本当に偶然だったけど私はそれを知れてよかったと思っている。
今、最もあの人の近くに居れるから。
あの御方の秘密を知ったのは本当に偶然だった。
休日の日にどうしても見てもらわなくてはいけない書類が有った為。
シンク様の私室を尋ねた時の事だった。

「シンク様、少しよろしいでしょうか・・・?」

ノックをしてドアを開ける。
しかし、いつものシンク様の声が返ってくる事はなかった。
その理由はとても簡単な事だった。

「・・・シンク様?・・・寝ていらっしゃるのか・・・?」

椅子に座りながら静かに寝入っているシンク様を見て私は起こさぬように近づいた。
滅多にというか初めて見た。
こんなにもぐっすりと眠っていらっしゃる姿は。
いつもつけている仮面も外してあるが下を向いて寝ている為に髪に隠れて表情はよくわからない。
私は起こしては申し訳ないと部屋を出ようとしたが、そのまま放っておいては風邪を召されるかもしれないと思い再び部屋に戻った。
そして、そっとブランケットを手にシンク様に掛けようとした時だった。
机に当たってしまい、机の上に載っていた仮面が床にコトンと音を立てて落ちた。
私は慌ててその仮面を拾い、机の上に置いた。
その時だった。
ちょうどその仮面はシンク様の目の前に落ちたので拾い上げると同時に私の視界にはシンク様の素顔が映された。

「・・・!!まさ、か・・・」

私は息を呑み、口元を押さえて驚愕した。
その顔はまぎれもなくあの導師イオンと同じ顔で。
私はただ困惑したままその場に座り込んだ。
見てはいけないものを見てしまったという自覚だけが妙に浮かぶ。
どうしたものかと内心慌てていると軽い呻き声が聞こえた。
それと同時に目の前にいたシンク様の顔がゆっくりと上げられた。

「シンク・・・様・・・」

私は恐る恐るその名を呼んだ。
すると一気にそれによって覚醒したらしいシンク様はこちらを凄い勢いで見られると目を見開いた。

!?なんで、ここに!!」
「も、申し訳ありません!どうしてもご確認いただきたい書類が有った為、
私室をお邪魔させて頂いたのですが・・・よく眠っていらっしゃったのでブランケットを掛けて後にしようと・・・」

私はまだ混乱する思考を落ち着けながらも必死に説明しようとした。
すると静かに溜息を吐かれたシンク様は呟かれた。

「見たんだね?僕の顔を」
「それは・・・その・・・申し訳ありませんっ!!」
「はぁ・・・もういいよ。僕も無用心だったわけだし」

私はただその場から動けなくなり、無言のままただ下を見た。
反応が怖かったのだ。
きっとシンク様にとって知られたくなかった事だと思った。
涙が出そうになるのを堪えながら反応を待っていると溜息が聞こえると同時に顎を捕らえられた。
そして、そのまま強引な口付けを施された。
私は唐突過ぎるその行為に頭がついて行かずに固まった。
流れそうになった涙すら引っ込んでしまうほどに。
唇が離れるとシンク様は本当に微かな微笑を浮かべられた。

「気にするなって言ってるんだから気にしなくていい。
僕はそれなりにアンタの事気に入ってるしね。僕の素顔を見れるのは僕に気に入られている特権だとでも思えばいい」
「え・・・あ、はい?」

私はまだ理解できなくてうろたえた返事を返すとシンク様は意地の悪い笑みを浮かべられた。

「理解できてないって顔だね。なんなら身体に理解するまで教え込んでもいいけど?」
「なっ!?」

ようやく私は状況と言葉の意味を理解した。
それと同時に顔を赤く染める。
すると、シンク様は笑って私から離れていった。

「全くアンタは飽きないね。・・・そうだね。勝手に無断で部屋に入ったのはこれで許してあげるよ」

それだけ言うと再び私に近づいてきて私を横抱きにした。
いわゆるお姫様だっこというやつだ。
私はそれに真っ赤になって降りようとしたがすぐさま私の身体は下ろされてしまった。
それはシンク様のベッドの上でその上から降りようとした時には
シンク様が私を抱きしめてしまい動くに動けなくなってしまった。

「シンク様!?」
「これは勝手に部屋に入ってきた罰だよ。逃げるなんて許さないからね。僕は寝るからアンタも寝れば?」

それだけ言うとシンク様は本当に寝入ってしまった。
私はどきどきしながらもただなされるがままだった。
拒まなかったのは彼を慕う気持ちがあったからこそだ。
私たちの関係を恋人というのかは微妙なところだが。
それでもきっと愛し合っていた。
そして、しばらくして私はヴァン総長閣下の計画を知る事になる。
それはシンク様の口から聞いた。
シンク様は別に関わらなくてもいい。
私の意志に任せると言われたが私の心は既に決まっていた。
シンク様がこの計画に関与すると言われたその瞬間から彼の傍にいようと決めていたから。
私が笑って「貴方について行きます」と言うとシンク様は何も言わずに私を抱きしめられた。
幸せだった。
とてもとても幸せだった。
この人に求められているとい事実に。
そして、一度彼が死したという話を聞いた時は絶望した。
命を絶とうとも考えた。
しかし、どこかでシンク様は生きていると思った。
だから、帰りをずっと待っていた。
そして、彼は帰ってきた。

「ただいま」
「シンク様っ!!!」

私はいつものようにそっけなくそう言われた声を聞いて
そのまま居ても立ってもいられなくなり、駆け寄りその身体を抱きしめた。
感じる鼓動を感じて生きているのだと実感した途端、涙が溢れた。

「何を泣いてるのさ」
「本当に生きているなんて・・・もう本当に居なくなってしまったのかと思っていたから・・・」

そう言うとシンク様は何も言わずいつぞやと同じように抱きしめた。
唯、強く強く。
そして、彼から最終決戦になるだろうと聞かされてエルドランドの地へと向かった。
そこで私は決意していた。
何があっても私は戦うと。
あの御方を傷つける全てのものから守ると。
その先が例え全ての破壊だったとしても。
それでもあの人がそれで良いというならば私はついていくと。
だから、私は剣を持った。

「シンク様。それでは行って参ります」
「・・・勝手に死んだりしたら許さないよ」
「はい、もちろんです」

本当はわかっている。
生きて帰れないかもしれないということを。
互いにわかっているけれどそれでも願わずには・・・
でも、やっぱり願いは叶わないのかもしれない。

「か・・はっっ!!!」

深く突き刺さった剣。
流れる血潮。
嗚呼、やはり私は予感していた通りここで死ぬのかと思った。
それと同時に過ぎったのはあの人の笑顔だった。
私しか知らない笑顔。

「シンク・・・様・・・」

そのまま地に倒れていくと思った。
だけど、それはなかった。
何故か私を抱きとめた人物が居たのだ。
それはシンク様ではなく刺した張本人である赤髪のレプリカ。
名をルーク・フォン・ファブレと言った筈だ。

「何故・・・そのような事を、している?」
「わからない・・・だけど、アンタはただ破壊を望んでいるだけに見えなかった・・・」

それを聞いて私は目を丸くした。
そして、笑った。

「そう・・・私は、ただシンク様を・・・守りたかった」

その言葉に彼は驚いた表情を見せた。
私は痛みに耐えながらも言葉を続ける。

「貴方なら・・・わかるでしょう?レプリカとして・・・生まれた苦しさを・・・」
「それは・・・・」
「あの人は、いつも・・・孤独だった。傷つき、ボロボロになりながらも・・・
一生懸命に生きて、いた。そんな、あの人に・・・私は・・・惹かれた。そして、愛した・・・」

私はそっと地面に手をつき立ち上がった。
面々は驚いたようにこちらを見たが私がもう剣を具現化することすらできないのを見て警戒を解く。

「私は・・・だから、誓った・・・あの人を守ると・・・でも、もう叶わない・・・あの人との約束ももう・・・」

それだけ言うと私は再び力が抜けて倒れかける。
そのまま後ろに倒れるかと思われた。
だけど、今度は私のよく知る人物がそれを支えた。

「もう、喋らなくていい。後は僕がやる」
「・・・シンク、様・・・すみ、ません・・・約束・・・守れそうにあり、ません・・・」
「喋るな!!は死なせない。絶対に。だから、そこでおとなしく待っときなよ」

その言葉を聞いた私は「はい」とだけ答えて彼に身をゆだねた。
ゆっくりと横たえられた私の上には彼の上着が掛けられた。
私の意識はゆっくりと白濁の中に落ちていく。

「僕も・・・きっと後で・・・」

彼の声が聞こえた気がしたけれどしっかりとは聞こえなかった。
でも、幸せだと思った。
あの人の傍で死ねるならそれはきっと幸福だと思えたから。
それほどあの人を愛していたから。
私が最後に見たのはあの人の笑顔だったのかもしれない。



「僕も・・・きっと後で逝くから・・・」

最後に聞こえたのはそんな約束。