「如何にしてこの永き時を生きようか・・・」
彼女が昔言った言葉。
永き時を生きる中、失うものばかり増え続け痛みにさえ鈍感になる。
彼女はそんな永き時をどうやって生きればよいのだろうかと尋ねた。
俺は答える事ができなかった。
まだ数十年しか生きていない俺には掛けるべき言葉などなかった。
ただ、彼女の言葉を無言で受け止める以外。
約束
「辰伶。何を難しい顔をしている?」
不思議そうに声を掛けられ過去の回想から浮上する。
顔を上げて声の主と目を合わせてみればそこには想い人がいた。
「様。どうしてこちらに・・・?」
紅の王直属の近衛隊士である彼女が陰陽殿から出てくる事は本当に珍しかった。
ただ、それだけではなく疑問を思い浮かばせる雰囲気が漂っていたのだ。
それを本能で感じ取った俺はただ思うままに言葉を掛けた。
すると意外とあっさりと彼女は理由を話した。
「実は・・・私は壬生を抜けようと思う」
「え・・・・!?」
それは本当に重大な事ではないかのように言った。
淡々と。
ただ、確かに。
俺は瞳を丸くし、穴が空くほど様を見つめた。
「何故・・・壬生を・・・壬生を抜けようなどと・・・?」
「私は壬生以外の世界を見てみたいと思った。ただそれだけだ」
「様・・・」
彼女の名前を呼んだのは行くなという懇願からかはわからなかった。
でも、呼ばずに居られなかったのだ。
行かないでくれと言えなかったのは彼女を縛り付けたくはなかったから。
矛盾する思いの中、彼女はただ綺麗に微笑んだ。
「必ず戻ってくる。私は多くの事を学び再びこの地を踏みたいと願う。
私は辰伶を愛おしいと慕うから。恋情を抱いているから。だから戻ってくる」
「俺を愛していると貴方は仰るのですか・・・!?」
信じられないと声を張り上げる俺。
それでも彼女は「愛している」と言葉を紡いだ。
「貴方は・・・狡いです・・・」
「狡い・・・?何故?」
疑問が生じるのも無理はなかった。
この人は俺の思いを知らない。
何も知らないのだ。
今、この言葉を口にすれば彼女を縛ってしまう。
そう、わかっている。
けれど走り出した想いを止める事などできはしなかった。
「貴方はこの地を去るというのに・・・いつ帰ってくるかもわからぬというのに。
俺はその貴方の気持ちを聞いてしまっては手放したくなくなる。貴方を愛しているから」
放たれた想いを受け、様は驚いた。
とてもとても綺麗なその黒曜石の様な瞳をきらきらと輝かせながら。
「辰伶・・・本当に、貴方も私を愛していると・・・?」
「ずっと貴方をお慕いしておりました。俺など到底傍に寄れぬ貴方なのに・・・
貴方は優しく声を掛けて下さった。いつしかその全てを愛おしいと想うようになった」
「嗚呼、とても嬉しく思いますよ。辰伶。ですが、それでも・・・私は・・・・」
苦しげに言葉を濁す彼女の心理は手に取るようにわかった。
俺は何も言わずに静かに彼女を腕に閉じ込めた。
全てを満たす様な優しい香りが静かに我が身に移ってくるのがわかる。
「俺はいつまでも貴方を待ちます。ですから必ず俺の元に帰ってくるとだけ約束して下さい」
「ですが・・・それでは貴方を私は縛ってしまう」
「それでいいのです・・・貴方という名の鎖ならば俺は喜んで縛られましょう」
貴方を苦しめることはできないから。
俺は苦しんでも構わない。
縛られても。
自由を奪われても。
貴方の心が手に入るならば・・・
「ならば・・・約束いたしましょう。再び愛する貴方の元へ帰ってくると」
「それでいいのです。俺はいつまでも貴方を待っています。この想いと約束と共に」
そういうと俺は静かに体を離した。
彼女も名残惜しげにゆっくりと離れていく。
温もりが静かに消えてゆく。
「それでは行って参ります。辰伶」
「ご無事で御戻りください。愛おしき我が君・・・」
ゆっくりと歩き出した彼女の後ろ姿をずっと見つめたまま俺は約束を心に刻んだ。
赤い静寂の中。
俺は貴方と交わした愛を心に刻んだ。
俺はいつまでも永久に貴方を愛しています。
様・・・
そう心で思いを告げて。
そして、数年後。
永き時を生きる俺達は再会する・・・
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