ボスと兄妹なのに全く似ていない。
成人しても尚、可愛らしさを持ち、それでいて美しさがあり。
相反する二つを容姿に合わせ持つ彼女は何処か人離れした魅力があった。
誰にも臆する事なく接する彼女は余りに無垢で
血に汚れた俺たちが触れていいものかと戸惑った。
だけど、そんな考えを吹き飛ばすかの様に彼女は俺たちに触れ、接し、笑みを浮かべる。
それが自分だけのものになればいいのにと想うようになったのは何時の頃だっただろうか。






溺れる鮫







「スクアーロ。また兄様に八つ当たりされたって聞いたけど大丈夫?」
「う゛ぉおおい。、俺を誰だと思ってる。あの程度なら何も問題ねぇ」

ボスに八つ当たりされて悪態を吐きながら
廊下を歩いているとぱったりとと出会いそう訊ねてきた。
本当を言えば正直痛い。
問題はないが痛いのはどうにも消す事のない現実だ。
だけど、それを馬鹿正直に述べてもが落胆するだけなのは目に見えている。
兄が大好きなの事だ。
自分が悪いのだと言わんばかりに俺に謝ってくるであろう光景がありありと想像出来る。
兄は自分、自分は兄と思っている程、兄妹仲が良いのと優し過ぎるのが問題なんだろう。

(だから、きっとをヴァリアーに入れなかったんだ。)

優し過ぎる彼女には絶対に人を殺す事なんて出来ない。
出来たとしてもその罪に苦しむ事は火を見るより明らかで。
それ以前に彼女に人殺しなんて似合わない。
以前、必死になってヴァリアーに入ろうとしていた彼女が
ボスに必死に願い倒してもボスは首を縦に振る事はなかった。
あの頃はまだ彼女をあまり知らず、何故望んでいるのに叶えてやらないのだと言って蹴られた。
あれはあいつが正しかったんだと今なら判る。
でも、彼女はそれが酷くショックだったらしく
今でもたまに自分は何も出来ないのだと責めている節がある。
汚れ仕事はしないものの事務的な処理とかを一手に引き受けてるだけでも充分役立ってるってのに。
それを思い出して目の前でまだ「本当に?」と訊ねている彼女の頭をわしわしと乱雑に撫ぜる。
唐突の事にきょとんとしていた彼女だったが
何をされているのか理解するとシルクの様な柔らかな頬を真っ赤に染めた。

「い、いきなり何をするの!?スクアーロ」
「心配してくれた礼だ」
「わ、私は子供じゃないわ!」
「俺より年下だろーが」
「二歳しか変わらないじゃない!」

反論するに笑うと俺はぽんぽんともう一度頭を撫でて歩き出した。

「心配してくれてありがとうな」

去り際にそう声を投げると「もうっ・・・」と諦めたような照れた声が聞こえた。
そう言う所が子供っぽいと言っているのだが判っていないらしい。

(惚れた女にあれこれしてぇって思うのが普通だけどあいつに欲情する事はねぇんだよなぁ。)

外での仕事がないのでデスクワークを嫌々ながらしつつ、そんな事を思う。
確実に俺はに惚れている事は自覚している。
だけど、どうにも抱くとかそういう行為を想像できない。
かといってそれは親愛かとうかと聞かれれば違うとはっきり否定できる。
妹みてぇだとかそういうんじゃなくて一人の女として見てる事は確かなんだが。

(純粋過ぎて毒気が抜かれるっつーか・・・・)

延々と答えのない問いをぐるぐると巡らせる。
結局、デスクワークが終わってもその答えが出る筈もなく、
機嫌が悪くならない内にさっさとボスに書類を届けようと立ち上がった。
書類を小脇に抱えながら廊下歩いているとが中庭で猫とじゃれる姿が見えた。
猫なんか居ただろうかと思いながら立ち止まって見つめる。
だけど、猫より結局はの方に視線が言ってしまう。
思わず恥ずかしくなって一歩踏み出せばガシャンっと何かに足が嵌った。
足が冷たいのに視線を下ろせばバケツと雑巾と水が視界に入る。
綺麗にバケツに嵌って濡れている右足を見て
顔を上げるとヒラの隊員達が視線を必死に合わさぬ様に顔を逸らしていた。
逆にそれが羞恥を増長させて俺は震えながら拳を作ると叫んだ。

「う゛ぉおおおい!!見てんじゃねぇーぞ!!」
「「「は、はいっっ!!!」」」

力一杯の怒声に恐怖した奴らが散り散りに居なくなると荒い息を整えて再びを見る。
俺の怒声がそこまで届いていたのか大きな瞳をぱちくりしているのが判った。
今の状況では声を掛けるのも憚られて俺は脚を引き抜き取り敢えずボスの元に向かうのだった。
二十二歳にもなって何でこんな初々しい恋をしなければならんのだと理不尽な怒りを燃やしながら。


本気の恋に溺れる銀鮫。
(う゛ぉおおい!書類だぁああ!)
(お前、さっきに見とれてバケツに足ハメてただろう。)(何故それを!?)