「すみません。呂蒙様の部屋はどちらでしょうか?」

思えば出逢った当初から道に迷っている方だった。






独想







唐突に声を掛けてきたその女性が誰だかは判らなかったが
身なりから孫権様の御兄妹か何かだと思い、
道を教えるとやはり丁寧な物腰で礼を言って立ち去って行った。
が、しかし、暫くしてまた廊下を歩いていると
その女性はまた道に迷っている様子で首を傾げて廊下の真ん中で立ち尽くしていた。
聞けば先程道を教えたにも関わらずまだ目的の場所に辿り着けて居なかったらしい。
一本道だったというのに一体どう迷えばそうなるのか判らないが
どうにも放っておけないと思い、手を引いて連れていってやる事にした。

「すみません。御手を煩わせてしまって・・・」
「いや・・・構わない・・・」

申し訳無さそうに笑うその人にそう告げると今度は花咲く様な笑顔をが返ってきた。
話を聞けばやはり孫権様の妹で、尚香様の姉、名はというらしい。
何故、住んでいる城内で迷っているのかと聞けば少々恥ずかしそうに頬を染めて
壊滅的な方向音痴で普段は女官についてきて貰うのだがたまには一人でと向かった所、
案の定迷い、辿り着く事が出来ず、更には自室に戻る道も判らなくなってしまったらしい。
思わず心配になる発言に心の内で帰りも付き添うのが良いだろうと決める。
そんな出逢いから見掛けると放っておけなくなり、
道案内する事が日課となってしまったのが始まりだった様な気がする。

「ふっ・・・」
「あら?周泰様、珍しいですね。笑みを浮かべてどうかされましたか?」

出逢った当初と同じく手を引いて歩いていたが不思議そうに此方を見つめてきた。

「いや・・・お前は、出逢った当初から変わらぬなと思ってな・・・」
「そう、でしょうか?確かに未だに道に迷うのは治りませんから
いつも周泰様に手を引いて案内して貰ってますけど・・・その、あの頃とは立場が変わりましたわ」
「まあ、な・・・」

立場が変わった。
そう、あの後、様々な事を経て俺とは夫婦になった。
婚姻を望んだのは他でもないからであった。
それは驚く事にが唯一申した初めての我侭だったらしく、
兄である孫策様や孫権様だけでなく、呉全体を驚かす事となり、酷く騒がしくなったのを思い出す。
でも、今思えばそれすらいい思い出である。

「周泰様はこんな妻で本当に良かったと思っていらっしゃいますか?」
「何を、突然・・・?」
「思い出してみると私の我侭で夫婦となる事を
強要してしまったのではないかと・・・わ、私は周泰様の妻になれて嬉しいですけれど・・・」

不安げに瞳を伏せるその横顔を見てそんな事を思っていたのかと驚く。
確かに言葉にするのは苦手だが命令だからといって妻を娶ろうとは思っていない。
幾ら命令であろうとも聞けぬものもある。
だがら、孫権様達に勧められたとはいえ、それを受けたのは想いがあってこそ。
言われて見ればそれを口にした事はなかった気がする。
これは、俺の落ち度だな。

「不安に、させたか?」
「えっと、その・・・」
「いや、俺が悪いな・・・だが、俺は、望んでを妻に娶ると決めた。
よく迷うの手を引いて案内するのは俺の役目だと思った・・・否、俺でなければ嫌なのだ」
「周泰様・・・」

安堵した様に綻ぶ笑みを見て頭を撫でてやると一層、笑みを深めた。
愛らしく守らなければと思わせるその笑みに自ずと自身からも笑みが零れると耳元で小さく囁いた。

「心配せずとも、愛している・・・。お前の手を引くのはこの俺だけだ・・・」
「・・・はい。ふふ、一生に一度あるかないかの周泰様の言葉、胸に刻みます」
「・・・生きている内にもう一度ぐらいは言う・・・」
「ふふっ、負けず嫌いですわね。でも、私もそんな周泰様を愛しておりますわ。誰よりも」

絡めた指先から伝わる熱が鼓動が、そして、今目の前にある笑みが何より愛おしい。
今も昔も迷うの手は変わらぬと言うのに昔よりも今、その手を引くという権利を独占したいと思う。
願わくば永遠にその手を引いて歩くのは自分であればと心の底から願い、想った。


独り願う想いは愛すべき人の事ばかり。
(周泰様、いつまでも私の手を引いて歩いて下さいませ)
(言われずとも・・・そうする)