現在に何も映さぬその瞳。
まるで、どこか人離れしたそれに囚われ縛られる自分が居た。






天乙女の鎖







その女は人であり、人であらず。
その女は龍の寵愛を受けし、神子。
白龍の神子や黒龍の神子とは又違う。
限りなく神に近しい存在。
清廉とした空気を纏い、血に濡れようともただ美しく在り続ける。
戦場で舞い踊り続ける蒼き瞳の天女。
一度刀を交えて感じた至福。
誰よりも何よりも俺を満たす存在だと直感した。
そして、瞳に焼き付ける様にその女を見つめ続けた。
女はそんな俺に微笑して一言こう告げた。

「私に囚われたか。獣よ」

心の全てが手に取るように解ると言わんばかりに不敵に微笑み刀を一閃した。
どうしようもなく昂る感情を抱えて俺も同じく笑い返す。

「ああ。その通りだ。俺は、天乙女に今宵囚われたようだ。
何よりも獰猛で清廉とした気高き神たる女に。たった今刀を交えただけで」

「そうか。だが、私はお前に興味がない。
立ち塞がるならば斬るのみだ。が、今日はどうやら終幕のようだな」

目の前の女の背後から響く声を聞き、俺は刀を仕舞う。
邪魔が入ったと苛立ちも覚えるがそれも暫しの事。
この暫しの間がまたこの目の前の女との戦いを楽しむ材料となるのならそれもまた良いと思ったのだ。
女もそっと刀を仕舞い、踵を返す。
そんな女の背に俺は声を投げかけた。

「名前は、なんだ?」

ぴたりと足を止めた女は静かに振り返り微笑んだ。

だ。・・・ではな。知盛」

自身の名を告げた後に紡がれた俺の名に一瞬驚きを示すがすぐに笑いを浮かべて俺も踵を返した。

聞いた事もある筈だ。
あの力量から言っても間違いはない。
応龍の神子。
源氏側に居るという白龍の神子以上の力を持つ者。
神に近しい女なら俺の名を知っているのも道理。
全く、楽しませてくれると声を漏らし笑うと本陣へと戻る。
また、刀を交える日を夢に見て。
それから暫くした日の事だ。
夏の熊野で偶然再会したのは。
驚きと同時に襲った喜びのままに刀を抜きさり襲い掛かると神速と言える速さで刀を仕舞わされてしまう。

「ここは戦場ではない。私は刀を振るわん。知盛」
「それはそれは残念な事だ。折角お前にまた会う日を楽しみにしていたというのに」
「私はお前と違い、そう言う趣味はない。私は掴むべき運命の為に戦っているだけだ」

凛とはっきりとそう告げたは川の傍の岩場に腰を下ろす。
水面を眺めてその白磁の手を川に浸す。
その光景に何を思ったか俺は刀を置き、隣に腰を下ろした。
それをは実に不思議そうに見つめてくる。

「なんだ?今は戦わぬのであろう?俺も涼みに来ただけだったしな。本来の目的を果たすだけだ」
「・・・そう、か。だからと言って私の傍に座らなくてもいいのではないか?」
「別に構わぬだろう?それともお前は嫌か?」
「別に嫌ではないが。お前も大概変な奴だな」

どこか楽しげに告げるに俺も笑いを浮かべる。
敵同士だなんて思えぬ程にその日は穏やかな時を過ごした。
他愛もない話をしてくるに相槌を打ち、偶に俺がに問う。
それにまたは答えれるものだけ答えた。
ただ、それだけの事だったが俺には酷く印象に残っている。
戦場に居る時はまた違う表情を浮かべていたに。
そして、また俺はと刀を交える事となるだろう。
迫りつつある平家と源氏の大戦で。

「(嗚呼、本当に思うはお前の事ばかりだ。。)」

刀を振るう時もそうでない時も。
ずっともう囚われている。
お前という鎖に。
今ではもう身動きも取れぬ程雁字搦めにされて。

「・・・愛している。

誰も耳に届く事のない声で呟く。
俺を満たし続けるお前への感情は愛と云うに相応しい。
例え、それが他と形が違えども。
俺はお前を愛しているのだ。
だから、今宵も交えよう血の滾る音を聞き、金属音を響かせて十六夜の月の下、お前と刀を歌わせ、舞わす。
例え、殺す事になったとしても。



美しい天乙女の奏でる歌と舞に酔う獣。
(愚かだと微笑みその切っ先を俺に向けて舞踊れ。)