「カテリーナ様、御呼びでしょうか?」
任務がない休日に唐突な呼び出しを受けた私は急ぎの任務でも出来たのだろうかと慌ててカテリーナ様の執務室へと足を運んだ。
そこで待ち受けていたのは急な危険な任務ではなく、余りに驚くべき意表を突かれる任務であった。
「よく来てくれましたね。。早速ですが暫く神父トレスのバグの解明の為に彼の傍に居てあげて下さい」
それはそれは綺麗な笑みをその美貌に称えながら紡がれた任務内容に私は思わず目が点になる気分だった。
「は?」と上司の前で有るまじき声を上げて同じく私を見るカテリーナ様の傍らの、拳銃屋に視線を向けた。
恋慕チューター
「・・・えーっと詳しく事情を御聞かせ願いますでしょうか?」
任務内容だけでは理解不能な私はたっぷりと沈黙を置いた後、困惑を隠さずに申し出る。
その問いに答えたのは目の前の美貌の枢機卿ではなく、無表情の拳銃屋の方であった。
「先日より卿、シスター・と任務終了後から重大なバクが発生。
バクの内容は如何なる状況に置いてもに卿のデータが呼び出され、他のデータを呼び出す際の障害になっていると言うものである」
淡々と語るトレスの報告を聞きながら私は更に困惑する。
「・・・それで?」
「このままでは任務に支障が出ると判断。ミラノ公に報告後、一時的に教授によるメンテナンスを受けようとした」
トレスなら確かにそうするだろうと思う。
何となく話が読めてきたと私は思いながらカテリーナ様に向き直る。
カテリーナ様はその話を聞きながら少し困った様に眉を寄せて微笑まれた。
今のは私の視線の訴えの肯定であろう。
「カテリーナ様がそれを止められて私と共に行動する様にと言われたという訳ですか」
「肯定」
その言葉を聞いて私は溜息を吐く。
確かに、確かにそれが一番早い解決法ではあるだろう。
だが、しかし、話を聞く限りはカテリーナ様はトレスにその原因を説明するのを放棄して私に代わりにしろと仰られているのだ。
つまり、トレスにその原因を教えるのを私に任務と称して丸投げしたのである。
正直、職権乱用と言うものではという考えが思考に過ぎるが上司たるカテリーナ様の命を無下にも出来ない。
私に断る術など結局の所ないのだ。
そこまで至ると私は再び大きな溜息を吐いて口を開いた。
「事情は理解出来ました。拒否権は結局の所ないのですから御受けいたしますが御恨み申し上げます。カテリーナ様」
その言葉にカテリーナ様はやはり苦笑を浮かべられ、ややほっとした様な声色で私に労わる言葉を紡ぐ。
「すみません。。それでは申し訳ありませんが宜しく頼みましたよ」
「はい。じゃあ、トレス。取り敢えず話でもしてその原因について考えよう」
「了解」
ぽんっとトレスの傍に寄り、肩を叩くとやはり無感情な声で返事が返ってきた。
そして、取り敢えずカフェテリアに向かう中、私はどう諭すべきかと悩んだ。
というかカテリーナ様、今更ながらなんですけれど、どうにもこうにも自惚れでなければトレスは私に恋をしているって事ですよね?
凄く自分で思うのも自意識過剰っぽくて何なんですけど!
一人で自問自答を繰り返すが詰まる所、それしか思い至らない。
全く、主よ、私はどうすればいいのでしょうか。
「シスター。目的地に到着した。これ以上何処へ行く?」
「え?あ、ああ、ごめん。ちょっと考え事をしていたもので」
トレスの声に我に返った私はいかんいかんと自分に言い聞かせながら手近な席へと腰を下ろした。
それに習う様にトレスも私に続き、椅子へと腰を下ろす。
しかし、彼は機械化歩兵であるのに上手くバランスを調節しているのか椅子が重みで破壊される事はないらしい。
私はそんな些細な事で数秒の現実逃避を試みるも早くバグの究明の為に話を始めろと言わんばかりの射抜く視線を受けて断念する。
意を決した様に手を組んでトレスをじっと見つめ返しながら口を開いた。
「では、最初に聞くけれど私の情報が出てくるのは常時なのね?」
「肯定。今、現在に至るまで常に情報展開中。更に卿に関するデータを細部まで記録中だ」
「そ、そう・・・」
聞いてしまった言葉のせいで彼の視線に熱が篭っている様に感じてしまうのは私の過剰反応なのか。
それよりもだ、この私に恋愛の手解きをしろなどと本当にカテリーナ様御恨みいたします。
どうせなら教授あたりに頼めば良いのに。
さて、どうしたものか。
結果、私は教えるのではなく、身を持って知ってもらう作戦に変更するのだった。
「トレス。このバグは私から口頭で説明して理解する様なものではないわ」
「・・・卿の発言内容が不明だ。追加の回答入力を」
暫し沈黙して機械音を響かせたトレスだったがすぐさま詳しく説明しろと告げた。
それに私は出来るだけ判り易く簡潔に説明する。
「要するに自習って事ね。カテリーナ様も私の口から直接言えとは言ってはいなかったし。
私の傍に居てそれで自分で考え、答えを見つけなさいという事よ。そして、付け加えるならばこれはバグでも故障でもないわ」
「やはり、卿の発言は理解不能である。が、俺がやるべき事は卿に付き従い、
情報を俺自身で解析せよという事だと理解する。間違いがある場合は再度正しい回答の入力を要求する」
割り切れない所があるが納得したらしいトレスに間違いないと告げると小さくいつもの肯定の口癖を口にした。
そして、数日、最初は少し緊張したものの数日も経てばこの小柄な無表情の機械化歩兵と居る事も楽しくなってきた。
観察してみれば割と感情豊かな様な気がしないでもないし。
しかし、まだ彼は答えを見つけ出せずに居る様で私は助け舟を出して、
人間の感情を学ぶ事もこれからの任務のプラスになると言って思い切って恋愛小説を読ます事にした。
何と言うかシュールな絵面だがこの際、気にしない様にしようと自分も適当に本を選び、読書に熱中する事にする。
何かをしていなければ笑ってしまいそうだったのもあるが、見つめていて邪魔になってもという配慮もあった。
時折、彼の進み具合を横目でちらりと見る。
傍から見たら端正な顔立ちをした青年が読書に耽っているという非常に綺麗な一枚の絵の如き光景であろう。
だが、私は何分その本の内容を知っている為に綺麗の一言で済ませられない。
(まあ、でも、綺麗な顔立ちだよね。)
例え造られたものだと言われようとも同じ造りの兄弟機であるドゥオとトレスでは違いがあると私は思っている。
私は本を閉じて一人腕を組んで脳内に二人の姿を呼び出すがそれはすぐ打ち消される事となった。
「シスター」
「うわっ!?び、吃驚した。あ、いや、それよりもしかして読み終わった?」
「肯定」
短い返事を聞いて私は自分の気持ちに気づかず終わったかなと思ったがふいにトレスが立ち上がった。
何事だと見つめていると私の隣に立ち、じっと私を見つめてくる。
一体、何なのだ?
私は瞬きを繰り返しながら彼の一挙一動を見守る。
すると、ふいに私の頬に彼の指先が這う。
更に驚いた私は思わず大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
がたんっと椅子が倒れる音が響いたが気にしてなど居られない。
「あ、えっと・・・トレス?」
「先程読んだ書物を参考にした上でバグの解消法を構成。今から実験的に実行する事にする」
「――――んっ!?」
告げられた言葉を理解するよりも先に彼の体が俊敏に動き、私の身体を捉えた。
そして、先程と同じく優しく頬を撫でられたかと思うとそのまま熱い感触が唇を侵蝕する。
早鐘の様に鳴り響く心臓、混乱して真っ白な思考、不思議と嫌悪感は無かった。
ただ、嬉しさと気恥ずかしさが混じっているだけ。
嗚呼、そうか、私も今漸く気づかされたが彼の事が好きなのだと納得する。
それはそれは冷静に。
そして、重なり合った唇は静かに離れていった。
「任務完了。卿の協力に感謝する」
「へ?」
離れていった直後にそう告げられて私は間抜けな声を出す。
いや、私にはこれっぽちも意味が判らん。
しいて今言うなら目の前の機械化歩兵風に卿の行動は不明だと言いたい。
それが声に出てこないのはきっと未だに抱きしめられているからだろうか。
「えっと、取り敢えずトレス。バグが解消されたのなら何故私は解放して貰えないのかしら?」
「卿には別件での協力を依頼したいからだ」
「別件?」
急にペースを取り戻してきた気がするのだが。
嗚呼、まあ、もういいや、訳が判らなさ過ぎて理解しようと思うだけ無駄な気がしてきたし。
「卿に聞きたい。卿は・・・は今の行為に嫌悪を抱いたか?肯定の場合は謝罪を」
「してから聞く事じゃないと思うけど、まあいいか。答えは貴方風に言うなら否定よ」
苦笑するように紡げばほっと安堵した様に見て取れるトレス。
明確な言葉は無いがあの小説を読ませた効果があったらしい。
「」
「何?」
「もう少しこのままでいいだろうか?」
恐る恐ると言った言葉を聞いて私はクスクスと笑う。
今更、聞いてどうするのだろうと。
でも、まあ、彼は初心者なのだから仕方ないだろう。
しかし、これだけは譲歩出来ないという事がある。
「でも、その前にちゃんとその行動の意図を説明しなさい」
私の言葉に彼は少し口を噤んだ後、耳元に口を寄せて確かに囁くのだった。
それは、甘く溶けてしまいそうな砂糖菓子の様な想いを。
恋愛指南は愛する人から。
(俺は機械だが卿が必要でこれを人の感情で表すなら恋情だと思われる。)
(・・・一応合格だけど、次に聞く時にはもっと明確に言い直して頂戴ね。)
back