あの美貌の枢機卿を出し抜いて、彼の最優先事項を幾度書き換えようと思った事だろう。
でも、それが最善でない事が理解できていたし、更に私の命を救ってくれた聖下に泥を塗る様な真似は出来なかった。
よくよく考えてみれば私も彼も恩人に恩を返しているだけ。
そして、この私の想いだって私からの一方通行なのだから自虐趣味はないけれど、一人で勝手に私が傷ついていればいいのだ。






狡猾な血塗りのヴェーニュス







「神父トレス・イクス、シスター
両名にこれよりアルビオン王国内に潜伏する吸血鬼(ヴァンパイア)の完全殲滅の任に当たって貰います」
「了解した」
「了解」

美貌の枢機卿の憂いと愁いを晴らすべく、私とトレスは吸血鬼(ヴァンパイア)殲滅の為に任務へと赴いた。
完全殲滅の任から考えて余程の人間を殺してきた連中なのだろう。
つまりは戦闘能力が高い長生種(メトセラ)の集団を相手にする事となる。
だが、恐怖などと言う感情は存在せず、妙な静寂を保ち続ける冷静な心。
殺す事に慣れてしまったのか、それ以上に苦しい痛みが心にあるからかは判らない。
が、恐らく両方であると考えるのが一番納得出来る。

「敵生態反応はどう?」
「この地下にて複数確認。情報と統合しても敵勢力と判断」
「そう。なら、行きましょう。武器の準備を」

私がそう言いながら扉に手を掛けようとするとそれを静かに制止される。
何だと思っているとすぐに私の身体はトレスの背後へと追いやられてしまう。

「卿は俺と違い人だ。ここは俺が先に行くのが最も安全かつ確実だ。よって、卿は後から続くように。反論は認めない」
「・・・判ったわ」

こうと言ったらトレスはそれを完遂する。
ならばこれ以上討論を重ねるなど無駄。
ただ、少し、その優しさと勘違いしてしまいそうな発言に微かに躍ってしまう心に顔を歪める。
期待など無意味なのだ。
彼は人ではないのだから。
頭を軽く振り、思考を切り替えてただ前だけを見据える。
すると、トレスが勢いよく、扉を開いた。

「何だ!?お前らは!!」
「目標を補足。常駐戦術思考を索敵仕様(サーチモード)から殲滅仕様(ジェノサイドモード)書換え(リライト)戦闘開始(コンバット・オープン)

淡々とした声でそう言うや否や彼のジェリコM13“ディエス・イレ”が吼える。
私もそれに続く様に彼の横から飛び出した。

「ひぃっ!?ぎゃあああっ!」

完全殲滅と言う事を聞き、ジャマダハルを武器に選んだ。
愛用する武器の一つでもあるが何せ暴れるのには持って来いなのだ。
戦っている間は疼く想いも忘れられるから夢中になりたい。
断末魔の叫びを上げる吸血鬼(ヴァンパイア)達の声を曲に見立ててワルツを踊るが如く、狭い室内を舞う。
その合間を縫ってトレスが射撃し、敵を確実に減らしていく。
張本人ではあるが何て神業だろうか。
しかし、室内の電気を割ってしまい、暗くしてしまったのが悪かった。
死角に逃げ込んだ吸血鬼(ヴァンパイア)がトレスを背後から銃で強襲しようとするのが視界に入る。

「トレス!」

目を見開いた私は気づけば走り出し、その敵の前に出ていた。
だが、その時、私の出す猛烈な殺気に死を感じて恐怖の余り発狂し、銃を乱射した。
それが、私の足を貫き、鮮血が溢れ出した。
幸いにも敵にはジャマダハルの切っ先がしっかりと刺さっており、息絶えていた。

「シスター!」

が、これ幸いにと逃げようとしていた吸血鬼(ヴァンパイア)が私に群がる。
けれど、そんな私は救いの蜘蛛の糸ではなく、地獄への道標と化していた。
血を見た私が常人ならぬ能力を発動する。
武器など必要なく、殲滅する事のみに思考が染まる。
まるで、殺人鬼の様に。
ジャマダハルを捨てて、私は素手で吸血鬼(ヴァンパイア)達の四肢を裂き、にっと気味の悪い笑みを浮かべる。
決して、私は吸血鬼(ヴァンパイア)・・・長生種(メトセラ)ではない。
そう、これは長生種(メトセラ)の能力ではなく、異界より来た異なる力。
私の力は様々な物を操作する事、つまり影も物も人ですらも自由に思うがままになる。
影で吸血鬼(ヴァンパイア)達を貫き、串刺しにし、方や千切りもぎ取り殺したり。
理性を消し去り、殺人鬼と化した私は無残な殺戮を繰り返す。
最後の一人になるまで命を弄ぶ様に。

「ふふ、ふふふっ!」

鮮やかに舞い振る鮮血に両手を掲げて口角をにぃっと上げて笑う姿はまさに狂人。
嗚呼、本当にこのまま狂い切れればいいのに。
でも、それが出来ない私は次第に理性を取り戻し、トレスに向き直った。

「・・・殲滅は終了ね」
肯定(ポジティブ)。これにて任務を終了する。シスター損害評価報告(ダメージ・リポート)を」

晒している肌のあちらこちらに血化粧を施した私。
彼も似た様なものだがそれよりも私は酷い。
素手で身体を解体したりしていたのだから当然だろうが。
そんな私を見ても彼の見る目は変わらず、ただ硝子に似た瞳が此方を見つめていた。
元より彼の瞳が本当に映す人はミラノ公だけかもしれない。
何せ、絶対不変の君主なのだから彼にとって。

「足に銃弾を一発喰らっただけよ」

右足を指差して彼の要求に応える。

「了解した。ならばこれより移動は俺に一任する事を推奨する」

私に近付くと膝裏と背に腕を回して軽々と私を横抱きにして歩き出すトレス。
傷を悪化させない為に推奨される0と1の演算結果なのだろうけれど、私は酷く胸が痛んだ。
彼の服をぎゅっと思わず握り締めて拳を振るわせる。

「シスター?痛むのか?」

労わる様な声が響いてきて私は顔を彼の胸に埋めた。
涙が、零れそうだったのだ。
だから、誤魔化すように頷いて呟く。

「そう、ね。とても、痛いわ」

心がとは言えないけれど、それだけを吐露し、瞳を伏せる。
決して日常的に味わえない愛おしいこの温もりと硝煙の薫りに包まれる感覚を刻む様に。



想いを捨て切れず甘んじる私。
(いっそ貴方に不敬罪で銃殺されたい。)