皆が居なくなる夢。
一人ずつ、一人ずつ、闇に喰われて居なくなる。
手を伸ばしても届かなくて、叫んでも届かなくて。
最後に一人になって何も感じれなくなって私も喰われてしまう夢。






ナイトメア・デリート







「――――っっ!!」

声にならない叫びを上げて飛び起きた私は荒い呼吸を繰り返して額の汗を拭った。
震える両手を見つめてぎゅっと自分の身体を抱く。
その確かな感触が夢であったと教えるのだけれど、夜の闇に支配された自分の部屋で一人なだけに恐怖は直ぐには消えない。
誰でもいいから誰かに会えばこの恐怖はすぐ消えるだろうと寝巻きのまま自分の部屋を後にする。
寝巻きと言ってもシンプルなワンピースだし、見られても平気だろうとひたひたと廊下を進む。
よく考えてみれば今は夜中で誰も居ないのが普通だと気づく。
それでも部屋へ帰らなかったのは心細かったからかもしれない。
悪夢を見てしまってまた寝たら見てしまうんじゃないかって。
そんな事を考えて歩いていくと気づけば庭園にまで出てしまった。
戻らないと駄目かと思うもやはり戻る気にはなれず、落ち着くまで少し星でも見て居ようかなとベンチに腰掛けた。
見上げる空は星が瞬き、自分の世界のプラネタリウムで見た星よりも美しかった。
その星を見ながらぎゅっとワンピースの裾を握る手。
やっぱり、独りは嫌いだと眉を顰める。
死ぬ事よりも何よりも私は独りが嫌い。
寂しくて、寂しくて、苦しくて、苦しくて、涙が出るから。

「シスター。こんな所で何をしている?現在時刻0223、もう就寝時間を過ぎている。
睡眠不足は健康に害する危険性がある。即刻、部屋に戻って就寝する事を推奨する」
「―――っっ!!トレスっ!!」

急に呼び掛けられた事に驚くも聞き慣れた声に安心して私は走り出した。
近付いて来ていたトレスに抱きつくと耐え切れなくなって涙を流した。
唐突に泣いて吃驚してるかなとか色々思うけれど今は涙を抑える事が出来なかった。
トレスは判断に困っている様に見えたが取り敢えず今は話を聞けないと判断したのかそのまま抱き返してくれた。
こういう時、私は思うのだ。
トレスは人ではないから感情はないと言うけれど、本当はちゃんとあって優しいんだって。
暫くして落ち着いた私は瞳を擦りながら顔を上げた。
少ししゃくり上げながらトレスを見る。

「ひっ!くぅ・・・ごめんね。トレス。急に泣いて」

まだ、離れるのは嫌でトレスの服を掴んだまま見上げて謝る。

「卿が泣いている理由は不明だが謝られる理由もない。謝罪は不要だ」
「ぅん・・・じゃあ、ありがとう」

不快に思っては居なかったようなのでちゃんと御礼を言う。
でも、きっとトレスは何で言われたのかまた不明だって言うんだろうなぁって思ったら本当に言われた。

「?礼を言われる理由も不明だが?」
「泣き止むまで抱きしめてくれてたから御礼」
「・・・了解した」

納得してくれたのかいつもの口癖で肯定する。
私はそれに満足してにっこりと笑った。

「トレスはどうしてここに居るの?」
「卿が部屋から出るのを発見し、追跡した」

どこから見ていたのだろうかとか細かい事が少し気になったがそれよりも追いかけて来てくれた事実が嬉しい。

「追っかけて来てくれたの?」
肯定(ポジティブ)。通常よりも様子が異常と判断し、追跡した」

そんなに変だったのだろうかと思いつつ、首を傾げるがそれでも追いかけて来てくれた事には変わりないと笑顔を浮かべる。

「ありがとう。トレス。あのね。夢を見たの。怖い夢を。
皆、皆、私を置いていなくなっちゃう夢を見たの。独りは怖いから寂しくて誰かに会いたくて部屋を出たの」
「状況は理解した。が、卿が見た夢が現実になる可能性は極めて低い。よって、その様な心配をする必要はない」
「でも、人は判らないよ?急に死んじゃったりするもん。私だっていつ死ぬかなんて判らないんだよ。
トレスだってそうだよ。修理が効かなくてこうやって御話出来なくなったらそれはトレスって存在の死だもん」

一般人よりもAxのメンバーは危険に晒されやすい。
何せ命を掛けた任務に就くのだから当たり前だ。
いつ自分が死んだっておかしくないという事を私だっていつも覚悟している。
自分で言っていて悲しいけど皆だって本当にいつ死んだっておかしくないのだ。
勿論、ずっと一緒にいたいと思うけれど、それは適わない。
永遠なんてこの世界にないから。
それはトレスにとっては理解し難い事なのかもしれない。
でも、知って欲しい。
トレスにだって死は存在する。
修理が効かなくなったらそれはトレスという存在の死なのだ。
私はトレスを失くす事も怖いのだと。

「俺は機械だ。厳密に言えば死というものは存在しない。
ただ、壊れるだけだ。だが、がそれを死と呼ぶのならそうなのだろう」
「うん。そうだよ。トレス」
「・・・は俺が死しても恐怖を感じるのか?」

珍しいトレスの質問に私は目を丸くして瞬きを繰り返す。
だけど、私は眉を顰めてゆっくりと力強く頷く。
そして、トレスをぎゅっと抱きしめる。
触れたそこから想いが伝わればいいのにと思いながら呟く。

「怖いし、悲しいよ。トレスも大切な私の家族だもん」
「・・・了解した(ポジティブ)。ならば卿の不安を払拭する為、努力する」

今日は一段と優しいトレスに何だか悪夢が吹き飛んでいく気がしてまた顔が綻んだ。
すると、トレスも何だか表情が柔らかくなった様に見えた。
気のせいかな?

「卿の恐怖心は無くなった。もう部屋に戻る事を推奨する。体温の低下が見られる」
「うん。でも、まだ一人少し怖い」

トレスの言葉のおかげ大分気持ちは晴れたけど、また夢を見ない保障もないとは言えない。
だから、ありのままの気持ちを言うとトレスは少し沈黙する。
何かいい案を考えているのだと思う。
中々答えの出ない演算を繰り返ししている様にも伺えた。
それは色々私の為に考えてくれているのだと思えて心が温かくなる。

「卿の恐怖心を完全払拭するまで暫く傍に居る事が必要と思われる。よって、これより卿と行動を共にする事とする」

そう言うとトレスは私を横抱きにして歩き出した。
そこで漸く泥だらけの足が視界に入り、靴を履いてない事に気づいてトレスを見上げた。
何も言わずとも気を使ってくれた事が嬉しくてぎゅっと彼の首に腕を回す。

「ありがとう。トレス。大好き」

笑顔でそう告げて御礼と言わんばかりに彼の頬に親愛のキスを落とした。



悪夢だってもう怖くない。
(トレスも寝れるなら一緒に寝ようよ?)
(卿がそう望むなら了解した。)