悲しいのかと問われれば人ではないから理解不能だと答える。
だが、ノイズの走る思考の彼方で未だに傍らで笑っていた白い花の中で永久に眠る人の記録を
止め処なく再生している自身の回路は彼女の永遠の眠り――――死を認めたくないのだと理解できる。
そう、隣で悲しんでいるのであろう冬の湖の色を称えた瞳の神父に紡げば神父はそれが悲しいと言う感情だと告げた。
ならば、もし、俺が人であるならば俺は涙という物をこの場で流していたのだろうか。






ロスト







任務から戻ってミラノ公から聞かされた言葉に回路がショートする様な感覚に襲われた。
全ての機能が凍結してしまう様なその激しくも鮮烈に駆け巡る錯覚に気づけば無意識に走り出していた。

―――神父トレス。落ち着いて聞いてください。シスターが殉職しました。

静かに少し苦しげに紡がれた言葉が何度もリフレインする。
繰り返し、繰り返し再生される言葉はまるでその事実を認めたくないと言わんばかりである。
俺は機械なのだから人が悲しむ様なそんな感覚は気のせいに違いないと思うも
焦燥に駆られる足はそれを真実だと思い知らせている様にも思えた。
その時、肩に誰かの腕が当たり、思わず足を止める。
それは見慣れた銀糸の長髪を結った神父ですぐに俺だと認識すると暢気な声を上げた。

「あれ?トレス君じゃないですか。急いで何処に行くんですか?」
「神父アベル。は・・・どこだ」
「え?さん、ですか・・・?もしかして、カテリーナさんから話を聞いていないんですか?」

彼女の名前を聞いた途端、顔を微かに強張らせた神父に俺は一言、否定(ネガティブ)、と答えた。
すると、更に表情を曇らせた神父は押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。

「トレス君。さんの遺体が安置されている所までご案内します」
「・・・了解した(ポジティブ)

神父アベルの後ろに付き従い辿り付いた場所は
ステンドグラスが光る講堂で十字架が掲げられた祭壇の真下に一つの棺が安置されていた。
そこに促される様に足を進め、ゆっくりとその棺に手を掛けると手を組み、静かに瞳を閉じた彼女が居た。
穏やかに眠るように横たえられた彼女はいつか起き上がり前と変わらぬ微笑みを浮かべるのではないかと
一筋の期待の光を抱かせる程に鮮やかな美しさを放っていた。
真白の花に包まれた頬にそっと触れればそれが叶う事のない願いだと判る。
生きた人の体温を放たない生気のない肉体の酷い冷たさが彼女が殉死したと言う現実を事実を知らしめるから。
でも、それでもこうやって機械である己の温もりですら
彼女に与え続ければいつか目を覚ましてくれるのではないかという幻想に駆られる。
まるで人のような思考だと思いながら止められない自分に困惑しつつ、
不明瞭になっていく視界の異常さに気づきながらもずっとそうしている事が今すべき最優先事項だと演算される。
明らかにおかしいバグだ。

「トレス君。悲しいんですか?」
「俺は人ではない機械(マシーン)だ。悲しいなどと言う感情は一切ない」

きっぱりと機械だと言い切れるがそれでもありえないバグに悩み思わずそれをありのまま口にする。

「だが、シスターが死んだと言う事実を認識出来ず、データに殉死したと記載出来ないでいる。これは重大なバグだ」

彼女の頬を撫でて呟く俺の隣にしゃがみ込んだ神父アベルは眉を顰めて困った様な複雑な笑みを浮かべた。
そして、シスターを見つめながら諭す様に静かに口を開いた。

「それはバグじゃありませんよ。さんを想ってアベル君が悲しんでいる証拠です」
「悲しんでいる・・・?俺が?・・・卿の発言は理解不能だ」
「それでも、構いません。だけど、その機能の異常をバグだと片付けないで下さい。それはさんに対して失礼ですから」

少しきつく咎めるように告げられたその言葉を漠然とだが理解して短く肯定の意を告げると再び彼女を見つめる。
そんな俺に気遣ってか何時の間にか神父アベルはその場から姿を消していた。
たった二人になった七色の光が差し込むそこで俺は次の任務に呼び出されるまで
彼女のその全てを焼き付ける様に記録し続けるばかりだった。



彼女の棺に自身の銃から取り出した弾丸を一つ入れて。
(彼女の死後安らかなる時を過ごせる様にと人の様に祈った。)