ふわふわとした毛で覆われた黒い尻尾と耳。
誘う様に揺れる尻尾とぴくりと動く耳は確かにその人物に生えていた。
その様子を表情を変えずに見つめる小柄な青年、
トレスはこの状況をどう理解していいのか判らず何度も機械音を響かせた。






口よりも尻尾は愛を語る







確かにここはミラノ公と呼ばれるカテリーナの執務室であり、
彼女は自分の代わりにミラノ公を護衛していたシスターの筈。
だが、しかし、目の前に居るのはシスターではあるが
彼女にはある筈のない漆黒の猫耳と長い尻尾が生えている。
元来人に生える筈のないそれがである。
トレスは未だに理解出来ないようでそれを観察しては答えを導き出そうと演算を繰り返す。
そんな様子を楽しげに見守っていた美貌の枢機卿はくすりと笑いを漏らして口を開いた。

「神父トレス。彼女は確かにシスターですよ。ちょっとした手違いで今はこの様な姿ですが」

ちょっとした手違いとは一体何なのか明言せずに
苦笑を浮かべたカテリーナは護衛を別の者に命じてトレスとを退室させた。
退室した二人は互いに見つめ合い、その場から動かずに居た。
トレスはトレスで未だに何故こんな状況になっているのか理解出来ずに幾度も思考を巡らせる。
冷静ならば彼女自身に聞くと言う選択肢がまず最初に出たであろうが珍しく彼は困惑していたのだ。
で何故そんなに自分を見つめるのか理解出来ずに首を傾げる。

要するにが天然なのが仇になっていたのである。
結局、先に沈黙を破り、口を開いたのはだったのだがそれはトレスが求めていた言葉ではなかった。

「トレス。お腹空いた」

その場の空気を読まずに呟かれた言葉ではあったがトレスの意識を現実世界に戻すには十分だったらしく、
トレスは頷き自分より一回り小さく汚れのない雪を連想させるその手を取って彼女の要望を叶えるべく歩き出した。
しかし、歩き出した先はカフェテリアでもローマにある飲食店でもなく、神父ウィリアムこと教授の研究室だった。
規則的なノックの後に無機質な声で「失礼する」と礼儀正しく述べたトレスは迷う事無く部屋へと入った。

「おや?トレス君。思ったより早く任務終わったんだね」
「肯定。予定の日数よりも三日早く任務を完了した」

部屋の中には部屋の主である教授とユーグ、アベルの姿が二人の視界に入った。

「ユーグ。お腹空いた」

は耐え難い空腹もあってか漆黒の絹糸とを風に揺らしてユーグに掛け寄る。
その揺れと同時に生えた尻尾が再び揺らぐ。

「ああ、そうか。今は外に出て行けないんだったな。ちょっと待っていてくれ」

その様子にまた浮上してきた疑問をトレスは目の前に居る教授とアベルに尋ねようと口を開こうとしたが、
トレスの疑問をに感づいたらしい教授が先に口を開いた。

「トレス君がさっきから気になっているのは君の耳と尻尾の事だろう?」

隣で聞いていたアベルはぽんっと手を打ち頷く。

「あーなるほど。トレス君は知りませんでしたね。
さん、教授が発明した飴玉を普通のお菓子と勘違いして食べちゃったんです」
「その結果は見ての通り。本当は動物に変身できる筈だったが中途半端にしか変身しない失敗作だったみたいでね。
特に身体に害はないし、数日したら戻るって事であのままで居る訳だよ。これで疑問は解決されたかな?」
「肯定」

漸く納得いく返答を貰い、トレスは頷いた。
出来上がったオムライスを片手にトレスに駆け寄るとはトレスを椅子に先に座る様に促して、その上へと鎮座した。
嬉しさで立つ尻尾がトレスの目の前で左右に揺らぐ。
その様子に和む一同がを見つめていると急にトレスがその尻尾を掴んだ。

「うにっ・・・!?」

唐突の事には驚き目を見開くと肩を上下に激しく揺らがした。
他の面々もいきなりの事に驚き目を見開いている。
がくるりと後ろを向いてトレスに何かを言おうと口を開こうとしたが
それは再び尻尾に触れたトレスによって阻まれた。

「あっ・・・うっ・・・」

先程とは違い尾の付け根から優しく撫でられ、その感触に悶える様に頬を紅潮させて耐えるように吐息を吐く。
面々はその余りに扇情的な光景に思わず顔を真っ赤に染めた。
いい歳をした男が何人も赤面している光景はあまりに異様であったであろうがそれに当事者である二人は気づいていない。
トレスは初めて見るものに気を取られた様に幾度も撫ぜる。
はその度に肩をぴくりぴくりと動かした。
暫くしてその手が止むとどこか桃色めいた空気を砕く一言を呟いた。

「く、擽ったかった・・・!」

その言葉に赤面していた男達が脱力したのは言うまでもない。
トレスはトレスで平然とした様子で溜息を吐く他の面々を不思議そうに見つめた。

「トレス。触ってもいいけど前もって言って擽ったいから」
「肯定」
「よし、じゃあ、今度こそ頂きます」

手を合わせてマイペースにオムライスを食し始めた
面々はもう何も言う事が出来ずただ再び溜息を吐いた。
その次の日の事だった。

「あのぅ・・・これは、一体?」

小さな任務を終えてアベルが午後に教授の研究室に訪れるとの耳を撫でているトレスの姿が見受けられた。
は特に気にした様子もなく、トレスの膝の上で本を読んでいる。
返答を返さない当事者達の代わりに教授が答えた。

「なんかね。トレス君、君の耳とかの感触が気に入ったみたいでね。午前中からこの調子」
「はぁ・・・なるほど」

もう何か何が起こっても動じない自身があると言わんばかりにただ平然とその光景を見つめるアベルと教授。
だが、そこでふいにアベルが何か思い至った様に手を打った。

「もしかして、トレス君がああやって撫でているのは単に嬉しいだけでは?」
「ん?嗚呼、そうか。猫は嬉しがると尻尾を立たせるからね。
じゃあ、昨日、尻尾を触っていたのは猫の習性もあるかどうか確かめてたのか」

立ちっぱなしのの尻尾を見て納得する教授。
しかし、教授は窓の方へと視線を映して遠い目で呟いた。

「まあ、恋人同士だから仲睦まじいのはいいと思うけどここ僕の研究室なんだけどなぁ」

その言葉にアベルは半笑いを浮かべて仲睦まじ過ぎる恋人達の微笑ましい姿に視線を送った。



まるでじゃれ合う猫の様な恋人たち。
(口よりも愛を語る尻尾は彼の心を満たしてく。)