合宿の夜、この季節には珍しく蒸し暑い夜だった。
寝付けずに時間を持て余していた俺は少し気分転換でもと思い、外へと向かった。
外へと出ると部屋の中よりかは幾分か風があり、涼しく感じた。
街頭の少ない山間にある合宿所の為、空は満点の星が降り注ぐように輝いていた。






星空のワルツ







「あれ?東堂だ。どうしたの?」

不意に話しかけられて、見上げていた星空から視線を前に向けると、マネージャーのが居た。
彼女は箱学のジャージを羽織って、いつもより低い位置で長い髪をシュシュで束ねていた。
普段と違う格好だからか、それとも自分の奥底にある感情のせいなのかドクンと心臓が大きく音を鳴らした。
そんな動揺を悟られぬよう冷静に、あくまでいつもの通りに俺は、声をかけた。

こそ、女子がこんな時間に一人というのはいかんぞ?何かあったらどうする?」

幾ら山間で人通りの少ない合宿所と言っても何があるか分からない。
その事を注意したのだが本人はあまり気にした様子もなく、笑った。

「寝付けなかったからちょっと夜風に当たろうと思って。まあ、今は東堂が居るし見逃してよ」

東堂も同じでしょ、と小首を傾げて問う。
星空の光で照らされているせいなのかいつもよりもどこか神秘的に輝いて見える彼女に困ったように笑うと近づいた。

「仕方ないな。だが、あまり夜風に当たっては体に障る。あと、少しだけだからな」

そう、口では言うものの本当は少しでも長く居たいと思っていた。
それを口に出す勇気はなく、無難な言葉を紡ぐ自分を若干臆病者だと心の中で苦笑した。
彼女はそんな俺の心情も知らず顔を緩めて、笑う。

「了解。でもさ、何か勿体無くない?すっごく綺麗でしょ?夜空」
「確かに、綺麗だな。あまり気にも止めていなかったがこんなに凄いのなら早く見に来るべきだったな」

天然のプラネタリウム。
いや、元々プラネタリウムの方が星空を模しているのだからそういうのは可笑しいが、
周囲の静けさと暗さもあり、まるで閉鎖した空間で星を見ているような錯覚を覚えた故にそれがしっくりと来る言葉だった。
それにしても普段街の光で消されてしまっているが星はここまで光を放つものなのかと驚きを隠せない。
圧倒されるような空の輝きに二人して見惚れていた。

「贅沢だよねぇ。二人占めだよ?この夜空を」
「おおげさだな」

両手を広げてくるりと幼い少女の様に回るを見て、笑う。
すると彼女はいつもよりも穏やかな笑みを浮かべ、その頬を鮮やかな朱が微かに彩った。

「厳密にはこの星空を東堂と見ている事が贅沢、かな」
「・・・・っっ!」

唐突に紡がれた言葉に俺は目を丸くするのも一瞬、すぐに俺はこれでもかと頬を染めた。
相手の意図なんて分かりもしない。
いつものように軽口を叩けばよかったのだろうがそんな事できなかった。
余裕がある筈もない。
いつも想っている相手にそんな意味深な言葉を、甘く蕩ける様な甘言を言われて冷静で居られるほど、大人じゃなかったのだ。
それを解っているのか彼女は今度は意地の悪い笑みを浮かべた。

「東堂、真っ赤だ。可愛いね。普段と今日は違うけど、この星空のせいかな?」
「それ、は、もだろう?」

やっと返せたのはその程度の言葉で本当に格好がつかないなと自分でも呆れる。
すると、彼女はそっと色素の薄い白く華奢な指先を俺の手に絡めて握った。
触れた手は熱く、熱く熱を帯びる。
だけど、今度は俺もその手を握る手に力を込めた。

「東堂の手、熱いね」
もだと思うがな」
「うん。ドキドキしてるかな」

それだけを言うと彼女はまた星空を眺める。
嗚呼、本当に完敗だ。
月光と星の光に包まれたは普段よりもとてもとても神秘的に魅力的に輝いていて、
俺は秘めていたはずの恋心すら隠せぬほど惑わされていた。
彼女の正面に立ち、彼女のもう片方の手も絡め取る。
すると、彼女は、ん?と視線をこちらに向けて見つめ返してくる。
交わる視線はどこか艶やかなものと溢れんばかりの熱情が混ざり合っているような気がした。
そして、俺は誘われるように欲望を口にする。

、キスを、していいか?」
「・・・東堂がちゃんと言ってくれたらいいよ?」

彼女の言葉に導かれるようにそっと彼女を抱き締めて、唇が触れるか触れない所まで近づく。
確信なんてない。
だけど、目の前で同じようにドキドキする彼女が俺と同じ想いであると。
ただ、それだけを祈るように高鳴る鼓動が耳で反響している中、熱に浮かされるように静かに囁いた。

「好きだ・・・誰よりも」

そして、彼女の返事を聞く事無く、その唇に触れる。
甘く柔らかい感触は緩やかに幸せの温かさで心を満たしていく。
少し長い触れるだけのキス。
離れると彼女と視線が交わって、彼女は幸せそうに微笑んでこう呟いた。

「・・・うん、私も好きだよ。東堂」

同じ想いを囁いたに愛しさが募り、俺は再び優しいキスを落とすのだった。
その後ろでは星が絶え間なく煌き舞い、祝福するかのように流星が一筋流れていった。




星空の下にはきっと魔法があるのだ
(星空見てて東堂の事、考えてたら本人が来て本当は驚いたんだよ)
(ならば、感謝しなければならんな、星空に。こうして想いが繋がったのだから)