切り取られた絵画のような一瞬だった。
椅子の横に立っていた彼が私との距離を縮めた。
彼の端整な相貌が視界を覆い尽くす。
(睫、長いな・・・・)
妙に他愛もないことに思考が奪われたのも束の間、私の吐息は奪われていった。
日常的フェアリーテイル
それはものの数秒の時間。
だけど、永遠に長い刹那だった。
私はただ、瞳を閉じる事なく、その一瞬に浸っていた。
彼が少し離れて、その長い睫が動いた時、私の時間は戻ってきた。
周囲もそれと同時に動き出したかのような錯覚を感じる程、
その行為は私にとって神聖なものだった。
「何だ。自分だけ目を開けてるなんて狡いではないか」
「・・・急にされたから目を閉じる暇がなかっただけよ」
最初に発した言葉は二人とも案外淡々としていた。
二言目もそれは同じで、静かに闇色に染まりゆく夕日がそれを見守っていた。
「少しは、動揺して欲しいんだが」
「どうして?」
「それは・・・独りよがりの恋なんて虚しいだけだろう?」
本当に困ったように首を傾げて彼はそう言った。
男の子にしては長く美しい髪がさらりと揺れる。
(ああ、この綺麗な人は私に恋をしていたのか)
その事実が静かに染み渡るように心に響いた。
そして、事実を受け止めきるとそこにあったのは無関心でも嫌悪でもない感情。
私は椅子から立ち上がり、彼の正面に向かって立った。
向かいあった私と彼。
昼間の喧騒が嘘のように静かな教室で沈黙のまま向かい合う。
でも、それも一瞬だったのだと思う。
私は両手を伸ばして、彼の頬を優しく挟み、包んだ。
少しひんやりとした男の子の割に滑らかな肌の感触に少し酔いしれる。
「・・・?」
戸惑いと少しの恥じらいが入り混じった声で彼は私の名を呼んだ。
対する私はただ、淡々とそんな動揺を斬り捨てるように行動を起こした。
今度は私が瞳を伏せて、彼とは違って少しだけ背伸びをして、先程、私に触れたその唇に触れる。
(さっきもこんな風に東堂は感じたのかしら・・・?)
少しの温かさと共に私の心臓は思い出したかのように早鐘を打つ。
唇を離したその私の顔は多分、少し紅く染まっていただろう。
東堂も、そうだったから。
「きっと、独りよがりじゃないわ。私、少しどきどきしてる」
目を丸くして、呆気に取られたようにきょとんとする東堂は普段とは違い、少し可愛らしい。
だが、その後に東堂は何と言っていいか判らないと視線をあちこちに向けながら次第に頬を紅く染めた。
幼い少年のように、はにかみながら笑う東堂。
そんな東堂を真似するわけではないけれど、私も幼い少女のように甘えてみた。
それは決して、幼い少女は言わない願いだけれど。
東堂に寄り添って、そっと背に回された腕を感じて。
「ねぇ、もう一度、キスして、確かめさせて?」
「俺も、確かめさせて欲しい」
悪戯っ子のように笑ってしたキスは先程よりもこの心臓を高鳴らせた。
まるで、御伽噺のように、私たちの恋はこうして、成就していったのだった。
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