ただ、私だけを見てくれたらと何度も想った。
貴方がイメージする私を演じ続けながら貴方を想って本当は泣いてたんだ。
心の中で何度も何度も泣いては出口のない迷路を彷徨っている様な途方の無さを感じて。
恋などしなければよかったと思っても心は止まってはくれない。
一層の事、この息の根を貴方が止めてくれらならばいいのに。







華を散らせて、恋を殺した其の先に








(尽八・・・また、囲まれてる・・・)

部活の休憩時間、ファンクラブに囲まれる幼馴染の姿が視界に入る。
自分で美形だと言うだけの容姿があるからか入学した頃から見慣れた光景だ。
囲んでいる女子達を見て、何人が本気で恋をしているのかと考える。
そんな答えなんて出た所で何かが変わるわけでもないのにと自嘲して、考えを振り払うように再び練習の記録を書き込んでいった。
だけど、集中なんて出来るわけが無い。
本当は尽八に本気で恋をしている張本人なのだ。
もう、純粋に恋心と言っていいのか分からない程に長い年月、私は彼だけを想っていた。
でも、伝える勇気なんてない。
離れてしまう可能性を含んだ選択よりも、幼馴染でもいいから私は彼の傍に居る選択を選んだのだ。
傍に居る事を選んでしまったが故に私は恋心を歪めてしまったのかもしれないけれど、
彼の近くにいる間だけは無垢な幸福を味わう事ができていた。
だから、後悔なんて無かった筈だった。

(でも、今はこんなにも苦しい)

無意識に顔を歪めてしまう。
演じて、演じて何も感じていないように演じて、束の間の、仮初の幸せを感じても、残るものなんて何もない。
そんな虚しさが徐々に募り、苦しさが茨の様に心を締め上げて、歪みに歪んだ恋心は彼への異常な執着心を生み出しつつあったのだ。
否、もしかすると昔から私の心にはその嫉妬に塗れた執着心があったのかもしれない。
ふと、部室のガラス戸に映った自分の浅ましい表情を見て自嘲の笑みが浮かんだ。
すると、不意に背後から声が響いた。

「おめさん、凄い顔してるけど、何かあったのか?」
「新開。何にもないわよ。あえて言うなら記録書くの面倒」

大量の記録用紙を見せて、そう言うと新開も苦笑を浮かべる。

「マネージャーがそれ言っちまったら駄目だろ?でも、何だかんだ言っても仕事はきっちりするよな。おめさんは」
「そりゃあ、それが私の役割だもの」

そう、マネージャーという立場も幼馴染という立場も私の役割で演じ切っていくしかないのだ。
今更、想いを告げて、壊れて何になるというのだ。
私は自分にそう言い聞かせて、平常心を無理やり装うと新開を横目に記録用紙へとペンを進めた。
すると、新開は一拍置いて、不意に呟く。

「でも、そんなに縛られる必要もないんじゃないか?言おうか迷ってたけどさ。無理しすぎだぜ?

予想もしなかった言葉に思わず力が入り、音を立ててシャープペンシルの芯が折れる。
顔を上げて新開を見れば純粋な心配を窺わせる表情を浮かべていた。
嗚呼、この男は知っているのだと、気付いているのだと悟った。

「・・・いつから気付いてたの?」
「ちょっと前から、何となく尽八の事見てる目が、さ」
「そっか・・・」

元々新開は他人の感情には聡い人物だ。
だけど、うちの部にはそんな人物が多くいる。
たぶん、荒北とかあたりも本能的に気付いてそうだなとぼんやりと思った。

「うまく隠せてるつもりだったんだけどなぁ」
「俺もそれは思うぜ?でも、ここ最近急になんか変わったよな。やっぱり、東堂の噂か?」

噂と言われて私は体を硬直させた。
そう、私がこんな風に更に歪んでしまったきっかけだ。
東堂尽八に恋人が出来た、と。
本人に聞いた訳じゃないし、本当かどうかなんて確証はない。
だけど、そんな事が起こっても不思議じゃないという事実が私には重かった。
他人に言われて気付いたがそれがきっかけだったのかと妙に冷静に分析している自分が居た。
新開は押し黙った私を見て、理解したように口を開いた。

「噂は噂だ。おめさんが気にする事じゃ・・・」
「知った風に言わないで!」

慰めようとしてくれたのだろうけれど、私は思わず言葉を遮り、叫んだ。
辺りに響いたのか少し周囲が静かになった気がした。
その空気に我に返り、ごめん、と視線を逸らしながら呟く。
だけど、新開は気にした様子はなく、ぽんぽんと頭を撫でてきた。

「いや、俺こそ悪かったな。だけどな。
俺はおめさんにはそんなに辛い想いをして欲しくない。笑ってる顔の方が、何倍もいいしな」
「新開・・・・」

不意な優しさにちょっと涙腺が緩む。
決して、この胸の痛みや苦しみが無くなった訳じゃない。
だけど、理解してくれる人や気付いてくれる人なんて居なかっただけにちょっと心に沁みたのだ。
私は流れそうになった涙を隠すように指先で拭おうとした。
しかし、其の手は不意に後ろから捕まれた手によって阻まれる。
驚いて振り返るとそこには尽八が眉根を寄せて立っていた。

!?どうかしたのか!?泣いているではないか!?」

さっきの私の声に駆けてきてくれたのか少し息を乱している。
まさか、渦中の本人が来るとは思わず驚いてると尽八は驚く事に新開の胸倉を掴んだ。

「尽八・・!?」
「お前が、泣かしたのか?新開!」

聞いた事のない低い怒りに満ちた声が響く。
驚愕で反応出来なくて立ち尽くしていると、私が何か言う前に新開が口を開いた。

「だったら、どうするだ?おめさんは」
「新開・・・!?」

何故か挑発するように尽八に言う新開。
状況が呑めないまま、困惑する私を置いて、尽八が動いた。

「お前っ・・・!!」

骨と骨がぶつかる様な鈍い音が当たりに響いて、新開が軽く後方へ飛び、地面へと座り込む。
何で新開が頬を押さえているのかとか、何で尽八がこんなにも怒って新開を殴っているんだとか、
もう、何もかもが訳が分からずに立ち尽くしていると尽八が私の手を強引に引き、歩き出す。

「尽八・・・!いたっ・・・!」
「・・・・・・」

周囲が騒がしくなっている中、凄い力で引っ張られて、痛みを訴えるが尽八は止まる事無く、歩みを進める。
いつしか喧騒は遠のき、引きずられる様に連れられるまま歩みを進めると人気のない校舎の裏手の辺りで漸く歩みが止まった。
しかし、そのまま腕を引かれて私は校舎を背に押し付けられる。
どんっと背が打ち付けられて、鈍い痛みが走る。

「尽八・・・痛い・・・」

困惑して真っ白な頭の中、顔を見る事がなんだか怖くてそれだけを俯きがちに告げる。
すると、私の両方の手首も壁へと押し付けられたかと思うと勢いのまま、唇を塞がれた。

「んっ・・・!?」

それは勿論、尽八の唇で、唐突な事から呼吸が上手く出来ず、唇を開くとその隙間から歯列を割り、口腔に尽八の舌が侵入する。
荒々しく獣のように貪られて、口の端から銀糸が、瞳からは涙が伝う。

「んんっ・・・ふっ・・・・あっ・・!」
「・・・っっ・・・ん・・・は・・・」

抵抗しようともがくが凄まじい力によって縫い付けられた様に動かない。
何度も蹂躙され、犯され、厭らしい音が耳すらも侵し尽くす。
漸く解放された時には私の息は上がり、全身にあまり力が入らず思わず座り込んでしまった。

「なん・・・で・・・?」

そして、当然の疑問を呟いた私の前に尽八が膝をつき、今度は抱き締める。
離さないとでも言うように鍛えられたそのしっかりとした腕が苦しい位に絡む。
しかし、実際の苦しさよりも耳に届いてきた尽八の声の方が酷く苦しげに聞こえてきた。

「俺は耐えてきた。の傍に入れるならこの気持ちを殺してもいいと思っていた。
でも、お前が他の奴に微笑んだりするのを見る度に、俺の心は軋み、歪んでいく」

吐き出された言葉と感情はまるで、否、全くといっていい程、私と同じ。
思考が驚きで現実へと引き戻されていく。

「もう、限界だった。新開と話しているお前を見ていて、そして、涙を浮かべたお前を見ていて。
傷つける事も、涙を浮かべさせる事も、どんな事だって俺以外の奴がやるなんて我慢ならんのだ」

溢れる感情をそのままにぶつける尽八。

の全てをもう、誰にも渡したくない。俺だけの、俺だけのものにしたい。壊れるとしても壊すなら俺でいたい」

狂気染みた愛情と執着と劣情。
それは確かにこの胸にもあるもので。

「私と・・・同じだったんだ・・・」

言葉にして、私も漸く実感した。
そして、先ほどとは違う涙が伝う。
尽八も私の呟きにゆっくりと顔を上げる。

「一緒、なのか・・・・?本当に、本当なのか?」

ああ、何て愚かなんだろうか。
二人して、恋に狂って、酷い遠回りをしていたのだ。
でも、こんなにも愛している事を、愛されている事を今はただ、幸せだと感じる。

「私はずっと、尽八だけしか見てない。ずっと、好きだったから」

尽八の中でもそうなのだろう。
ゆっくりと黒く淀んだそれが浄化され、狂気が薄らいでいく様な錯覚。。
本当はもう、沈み切ってしまったのかもしれないが今、私には尽八の事しか考えられなかった。

「そうか・・・俺もが好きで堪らない。逃げるなら・・・今の内だがよいのか?」

きっと、さっきの事も含めて尽八は言っているのだろう。
それでも私は構わなかった。
貴方の想いで私が殺されるのだとしても幸せだと言い切れるから。
答える代わりに、私は瞳をゆっくりと閉じるのだった。
恋を殺す口づけが静かに触れて、また新たな華が咲いた。



もう一人の恋も殺されて。
(オメェも損な役回り引き受けて、馬鹿じゃナァイ?)
(いいんだよ。俺はそれであいつが幸せになるんだったらなんだってするんだからな)