真白の闇に横たわる君の横顔に触れた。
陶器の様に滑らかな肌の上を自身の指が触れる。
夏の終わりに感じる君の冷たさがこの指の熱を奪っていく。
まるで、白昼夢を見ている様な気分だ。






狂い咲き








「おはよう。今日は風もあって大分過ごしやすいぞ」

瞳を伏せたに向かって微笑む。
開けた部屋の窓から秋の気配を感じさせる風が吹き抜けていく。
少し冷たいその風が彼女の指通りの良い髪を踊らせる。
俺はそっとベッドにかけて、彼女にかかった髪を退けてやると名残惜しそうに頬に触れた。
氷のような冷たさが伝わってくる。

「勝手に触れてすまない。折角の綺麗な顔に髪が掛かってしまったからな」

返事は決して返ってくる事はない。
ただ、瞳を伏せて眠るだけの彼女の長い髪を一房取り、指に絡める。
絹糸を手繰り寄せるような手触りを何度も何度も繰り返す。
どれもこれも冷たさを帯び、まるで作り物のようだ。
俺はその冷たさを確かめる様に、否、拒絶する様に髪を離すとその頬に触れて、静かに口付けを落とす。
触れるだけの長いキス。
静寂だけがそれを見守り続ける。
祈る様に触れる唇の先から俺の温もりが伝わればと願う。
ゆっくりと離れていくが彼女の瞳が開く事はない。
心の奥底から全身の温もりを奪うような感覚が溢れ出て、この身体を支配する。
俺は精一杯笑顔を浮かべたがどうにも泣きそうに歪む。

、俺は知っているよ。お前の瞳がもう開かぬことも、声も聞けぬ事も、死んだ事も」

そして、この世に魔法が無い事も俺は知っていた。
認めたくない現実がこの目の前にある事実。
眠るような亡骸の隣に寝転がり、瞳を閉じる。
このまま彼女と同じように眠るように死ねたなら傍に行けるのだろうかと不吉な考えも過ぎる。
本当にそれでまた彼女の声が聞けるなら、笑顔をが見られるなら
それでも構わないと思える程、俺は彼女を愛していた。
永遠を信じて疑わなかった日々は、病という誰にも罪がないものによって奪われた。
何故彼女であったのだろうと愚かにも考えてしまう。

「眠り姫は、永遠に眠る、か」

独り呟き、そっと抱き締める亡骸の感触は生前と変わらないままで、それが余計に悲しく、胸を締め付ける。
それでもこの感触を離したくなくて、俺は抱き締めたまま瞳を閉じた。
脳裏に焼きつく彼女の表情を一つ一つ思い返す。
幸福に満ちた彼女の声と顔は未だに消える事はない。
でも、時が経ちいつかこの記憶も消えてしまうならその時俺は生きていけるのだろうか。
きっと、もうそれは出来ないのだろうなと自身を嘲笑すると俺は彼女を見つめたままほくそ笑む。

は怒るだろうな。だが、しかし、許してはくれまいか。お前の元に行く事を」

眉を八の字にして、そう呟くとサイドテーブルの上にある果物ナイフを手に取ると迷う事無く、自身の首筋に当て、横に一閃する。
切れた肌の間から噴出す紅が俺と彼女を汚していく。
薄れゆく意識の中、俺はただ彼女だけを見つめて静かに瞳を閉じた。
この目に映る最後が愛しい君の亡骸だと言う事に言い知れぬ幸福を感じながら。


この命すら君の為に捧げよう。
(紅い華が狂うように咲き乱れたその先に、愛しい彼女が微笑んでいる気がした)