水も滴るいい男。
そもそも美しい人というのは何をやっても様になるという意味だと私は解釈する。
そんな美形が今、目の前にいた。
トレードマークのカチューシャを外して、水道場で勢いよく顔を洗っているのだが顔を上げた瞬間、
女の私でも喉がごくりと鳴ってしまうような色香が漂ってきた。
白い肌に伝う雫がきらきらと日の光を浴びて煌いていく中、
水が滴ってくることに目を細める事で長い睫が陰影を作っている彼の横顔。
破壊力が半端ないその顔に思わずタオルを全力で投げた事は致し方ないと思う。






誘い水







「・・・危なかった」

タオルに埋もれたうめき声が聞こえた気がしたが気のせいだという事にしておく。
危うく公衆の面前だというのに欲望のままに行動しようとした自分を
律する為でもあったのだから尊い犠牲は致し方ないと思う。
更に言えばそうさせた張本人が責任を取るのは当然よね、とうんうんと頷いているとタオルを持った尽八が走ってきた。

「いきなり何をするっ!?いくら、がツンデレでツンツンしているからといって
いきなりタオルを顔面に向かって投げるのは酷すぎるのではないか!?」

当然の抗議の声が耳を駆け抜けていく。
何かこんな美形の整った唇からツンデレとかいう単語が出てくるのはちょっと嫌だなとか思いつつ、
私はよく冷えたドリンクを取り出してまだ喚く尽八が無防備なのをいい事に首筋に標的を定めてボトルを当てた。

「っっっ!?冷たいっ!!」

びくっとした後、素早く後方に飛び退く尽八の身体能力の高さに拍手を送る。
だが、再度尽八は身体を震わせながら叫んだ。

「さっきから何なんだよ!?」

ついに口調が崩れ始めた尽八を見て、少々いじめ過ぎたかと思いつつ観念したように近づいた。

「いや、尽八うるさいから」
「原因はがタオルを投げてきたからだぞ!?」
「うん、でも、うるさい。ほら、いらないの?ドリンク」

理不尽さに納得しないながらも渋々ドリンクを受け取る尽八。
こっちに来る時にカチューシャを置いて来ているから前髪がはらりと目に掛かる。
鬱陶しそうに髪を掻きあげて、ドリンクに口を付ける。
喉が上下に動く姿をじっと見つめているとどうにもこう欲望が沸々と沸きあがる。

「欲しいなぁ・・・」

耐え切れずに思わず呟くと私の声に気付いた尽八がこちらに向けてドリンクを向けてきた。

「なんだ。も喉が渇いているのか?いかんぞ。この暑さだ。
熱中症の対策にも喉が渇く前にしっかり水分補給をせねば。俺ので良ければ飲むといい」

欲しいという言葉の意味を勘違いした尽八が心配してくれているのは少々嬉しいのだが私が求めているのは違うものだ。
暑さに浮かされているせいもあるのかついに理性が焼き切れたような気がした。
女でもこんな事ってあるのかなって妙に冷静に思いつつ、尽八へと手を伸ばす。
ドリンクのボトルを向ける手首を素早く引っ張ると尽八は予想外の事にバランスを崩すように前へ。
距離を一瞬で零距離に縮め、身体を密着させるとそのまま噛みつくようにキスをする。
瞳を開けたままでいると彼の驚きに揺れる瞳が見える。

「んっ・・・!ふ・・・」
「・・・・んっ」

二人の吐息が混じリ合うと身体の芯が熱くなるような錯覚と眩暈を覚える。
このままあと少しとも思ったが流石に野外だし、休憩中とはいえ、部活の最中だ。
惜しむように唇をゆっくりと離すと困惑しつつも真っ赤な尽八の顔があった。

「な、な、何を・・・・!?」

金魚の様に口をパクパクする尽八を見て、可愛いと思ってしまう。
本人に今言えば怒るだろうと心に仕舞うと彼の当然の疑問に答える。

「キス。いつもしてるでしょ?」
「いや、してるが・・・そういうことではなくだな・・・!」
「だって、何か色っぽく感じちゃって、衝動的にしたくなっちゃった」

あるがままを言うと何と言っていいのか分からないようで目を丸くして、顔を真っ赤に染め上げた。
言葉にならない声を上げながら視線をあちこちに巡らせている姿は子リスみたい。
尽八のこういう初心な所が本当に可愛くて、思わずまた加虐心に駆られてしまう。
普段は好きにさせてあげてる訳だし、私もたまにはいいかなと上唇をぺろりと舐める。
そして、首に両腕を絡ませるとびくっと東堂の身体が揺れた。
私は目を細めて、獲物を狙うように定める。

「女の子だって、欲情・・・しちゃうのよ?今は無理だけど、誘ったんだから責任とってね?」

小首を傾げてそう言い、ぺろりと滴る雫を舐め取ると返答はなかった。
しかし、今までに無いぐらい顔を紅く染めて黙り込んだ尽八の顔が全てを語っていた。


誘ってきた水は甘く、甘く。
(お前らァ、部活中だって事忘れてんじゃナァイ!?)
(荒北、顔怖いよ。恋人いないからって僻まないでよね)(泣かすゾ!!)