恋を講ずる乙女








久しぶりのオフに彼女が見たがっていた映画を見に行った。
所謂、純愛を題材にした如何にも女の子が好みそうなデートの定番と言った映画だったが
これが結構な当たりで俺自身も後半の見せ場では思わず見入ってしまう位の面白さだった。
男の俺でもそれぐらい楽しんだ映画なのだから、
女の子である彼女は映画が終わった今も隣で熱心に表情をコロコロと変えて、映画の良さを語る。
その一生懸命さが可愛くて、俺も釣られて笑い、感想を述べるとまた嬉しそうに彼女が話を返してくる。
そんな彼女を見ていると込み上げる愛しさから触れたいという衝動に駆られて、
俺は無意識に手を伸ばすが不意に彼女が振り向いて少し触れた指先を慌てて引っ込めた。

「今、何で引っ込めたの?手、繋ごうとしてたでしょ?」
「あ、いや・・・別に気にするな。大した事じゃない」

首を傾げて、不思議そうにする彼女。
見つかった照れくささと妙に先程の映画でのシーンが
重なって感化され過ぎているような自分に恥じらい話を流そうとした。
すると、彼女は眉根を寄せて、少し怒った様子で立ち止まる。
俺も同じように立ち止まると振り返り、に向き直った。

「ど、どうしたのだ??」
「どうしたじゃないよ。何でやめるの?手を繋ぐの」

言われた言葉が脳内で繰り返して、まさかの指摘に思わず黙り込む。
やましい事があった訳ではなく、何故指摘されたのか分からず、
困惑しているだけだがそれすらも今の彼女を更に不機嫌するには充分だったらしい。
物凄い迫力で詰め寄ってきたかと思うと射抜きそうな程の視線を注ぎながら彼女は声を大にして言う。

「尽八はたぶん大した事じゃないし、
何で怒られてるのだろうとかきっと思うだろうけど、女の子っていうか私にとっては充分一大事なんだよ」
「そう、なのか?」
「そうなのかじゃなくて、そうなの!!」
「あ、はい。すまない・・・」

鬼気迫りすぎた怒涛の攻めに俺は完全に逃げ腰だ。
半端迫ってくる彼女に仰け反りながら相槌を打つので精一杯。
女心と秋の空なんて言うがまさにその通りだと今、物凄く痛感していた。
そして、立ち止まっているこの道は人通りもそこそこ多い通りなのも相まって、
先程からチラチラと様子を窺いながら去っていく通行人の視線が刺さるようにで更に居心地が悪い。
しかし、彼女はそんな俺の心情など知る由も無い。

「会話だけがコミュニケーションじゃないんだよ。触れたりする事でだって感じる事、伝わる事はいっぱいあるの。
だって、手を異性と繋ぐなんて特別な人と位しかしないでしょ?その特別な行為が安心とかドキドキとかをくれる」

彼女の言葉を聴いて、確かにそれは解らないでもないと頷く。
俺とてこんな風に触れたいと欲するのは恋人である彼女だけだ。

「それに繋いでるともっと近くに存在を感じられて凄く幸せだなぁって思うの。尽八は違うの?」

どこか段々と不安になってきている彼女の瞳が少し揺れて、
泣かせてしまうのではないかとぎょっとした俺は慌てて首を横に振る。

「そんな事はないぞ!俺とてと手を繋ぐのは胸が温かく、幸せだと感じる。その気持ちに違いはない」

俺の言葉に少しほっとした様子で息を吐くと彼女はすっと手を差し出した。

「なら、手、繋ぐのやめないで。結構、不安になるんだよ。小さな事かもしれないけど、好きだから気にしちゃうんだからね」

照れくさそうな声色とまだ少し不安げな声色が交じる声で少し頬を紅く上気させながら切実に訴える彼女。
その仕草に心臓が締め付けられる様に高鳴り、愛しさが込み上げてくる。
さっきまであった恥じらいなど、何時の間にか消え失せて、差し出された手を自然と握り、指を絡めて深く繋がる。
温かい温もりが絡まり合い、何ともいえない安心感が胸の内を満たしていく。
それは彼女も同じだったようで顔がとろけそうな喜色に溢れる。
彼女をこんなにも些細な事で幸せにできるなら最初からそうしてやるべきだったと羞恥に戸惑った自分を今なら叱咤してやりたい。

の言うとおりだったな。すまなかった。悲しませたかった訳でないと言う事はわかってはくれないか?」

反省した俺が顔を覗き込むようにして謝罪の言葉を告げる。
俺の瞳を見て漸く現実に引き戻されたようにハッと顔を上げた彼女は顔を真っ赤にし周囲を見渡す。
すると、先程までの威勢など見る影もない位、おどおどとして、瞬く間に縮こまった。

「わ、私こそ、ごめん・・・こんな所で・・・」
「気にするな。悲しませた手前、声を大にしては言えんが俺はお前の可愛い姿が見れたし、何一つ文句などない」

耳にそっと顔を近づけて言うと更にこれまでにないほど、顔を紅くした彼女が恨みがましい視線を投げてきた。

「うっ・・・・意地悪」
「意地悪などではなく、本心なんだがな」
「も、もう、ほら、行くよ!」

からかい過ぎたのか羞恥の頂点に達した彼女は俺の手を引いて歩き出す。
まさか、照れて、手を繋ぐ事を躊躇っただけで事の重大さを真摯に訴えられるとは思いもしなかったが、
それだけ彼女が一生懸命、全身全霊を持って俺を愛してくれているのだと言う事の何よりの証明だろう。
それを喜ばぬ男が何処にいるというのだろうか。
全く、可愛くて仕方ないと俺はまた彼女への想いを深めていくのだった。