夕暮れに彼女の横顔を見つめる。
日直の最後の仕事である日誌を書く彼女の表情を見ていると俺の事など、念頭にない様子が窺える。
いや、元より表情が豊かとは言えぬ彼女の事だ。
その内心、俺の事を意識し過ぎて緊張しているのかもしれんな、と考えてみたが自分に対する慰めにもならず寧ろ更に落ち込んだ。
そんな百面相をしながら待つ俺と彼女の関係はただの幼馴染に過ぎなかったりする。




青春色した赤







対照的だと言われる俺達は幼い頃から常に傍に居た。
それが自然であると言わんばかりに傍に居過ぎたせいか、
俺がこの恋心に気付いた時にはこの関係を壊すのが酷く恐ろしい状況に陥っていた。
十何年傍にいて、今更彼女が傍に居ない日常など想像出来ないのだ。
表情は乏しいが時折、柔らかく仄かに微笑む姿や昼食の後に眠そうに目を細めて寄りかかってくる姿。
意外に歌が上手く、透き通る様な美しい歌声や俺に劣らず美味な彼女の手料理の味。
挙げ出せばキリがないが何もかもが愛しく、かけがえのないものだ。
今この瞬間の時間ですら他愛のないものではあるが愛しい。
手を伸ばせば届く距離に居るのにな、と思っていると顔を上げた彼女とばっちり視線が合う。
吸い込まれそうな瞳に心臓が跳ねて、激しい鼓動が自分を襲った。

「・・・どうかした?」
「え!?いや・・・そ、それより日誌は書き終わったのか?」
「うん。今、終わった。待たせてごめん」
「気にする事はない。俺が待って居たかっただけだからな」

筆記具を片付けて鞄の準備を整える彼女に本心のままに伝える。
しかし、納得してない様子で少し眉根を寄せる彼女。

「でも、早く部活行きたかったんじゃないの?」
「気にするなと言っただろ?そもそも俺も日直なんだ。最後まで付き合うさ」
「そっか。ありがとう」

漸くふわりと微笑んだ彼女に心臓が跳ねるが平常心だと言い聞かせて平静を保とうとする。
本当にこういう一挙一動が可愛すぎて
正直最近、動揺が隠しきれていないのではないだろうかと思う。
自覚した恋心というものは厄介だなと、
酷く渇いた喉を潤そうと机に置いていたペットボトルを取って、口に運んだ。
緑茶の香りと苦味が口内を満たすと彼女が目をいつもより少し見開く。
そして、彼女の指が俺の持っているペットボトルを指し示す。

「あ。それ、私の・・・」
「ぐっ!?ごほっ!!ごほっ!!」

呟かれた言葉に彼女よりも大きくぎょっと目を見開くや否や気管に入ってしまったお茶に苦しめられる。
涙目になりながら盛大に咳き込む俺に近づくと
彼女は大丈夫?と背を撫ぜてくれたが余程変な所に入ったのか中々収まらない。
漸く落ち着いた時には自分が仕出かした失態を理解し、今度は苦しさからとは別の理由で顔が赤くなった。
彼女が口づけたペットボトルに無意識とはいえ、自身の唇をつけてしまったのだ。
いわゆる間接キスというものに想像以上に動揺しつつも、
結構喜んでしまっている自分もまた情けないと、羞恥で身体が火照る。
俺は気まずさから少し視線を逸らしつつ、ペットボトルを机に置くと口元を片手で覆った。

「す、すまん・・・その、わざとではないがその・・・いや、すまん」

もう少しなんか言えんのかと自分に内心叱咤するが普段の饒舌さが嘘のようにどうにもならない。
彼女は相変わらず淡々とした表情のままと思いきや
少し向けた視線の先に居た彼女のその頬は夕暮れの色とは違う朱色に少し染まっている様な気がした。
気のせいかと瞬きを繰り返して、再度確認するがやはりその頬は赤色をしていて、
視線に気付いた彼女はが慌てて顔を逸らした事によりそれは決定打となった。
彼女は引っ手繰る様に素早く鞄を持つと足早に教室の出入り口へと向かう。

「その・・・別に尽八なら気にしないよっ」

背を向けたまま、それだけを言い残すとスタスタと足早に俺を置いて行ってしまった。
きょとんと教室に残された俺が言葉を理解した瞬間、急激に顔が熱くなったが今やそれどころではない。
足を縺れさせながら自分の鞄を乱暴に掴む。

「ちょ、ちょっと待て!!?今のはどういう意味だっ!?」

自意識過剰だと言われてもいい、もし、万が一同じ気持ちならばと期待八割、不安二割で走り出す。
高鳴る心臓すらも今は祝福してくれているように感じた。


同じ想いならば君を力一杯抱き締めたい、そんな衝動。
(こんな高揚感はレースの時ですら感じた事がない程に)