想い人の為にその命を散らして、泡となりて消えゆく半人半魚の姫君。
その生き方は美しく、儚く、哀しい。

「ねぇ?張コウはそういう生き方どう思う?」

異世界から舞い降りた少女が話してくれた"人魚姫"という
御伽噺に想像を膨らませていると少女がそう訊ねてきた。
一人の人の為にその生を貫く様はある種の美学を感じる。
それが愛ならばまた美しく感じるものだと思った。
だから、率直にそう告げると彼女は様々な感情が入り混じった複雑な笑みを浮かべた。






相愛ならば永久不変至福







「そっか。張コウは共感しちゃうか」
は共感しなかったのですか?
女性はそういう話が好きな方が多いと思っていましたが・・・」
「まあ、御話としては、ね。でも、生き方に共感出来るかとなればまた別だよ」

女心はある種の迷宮の様なものだとは感じていましたが、
現実と理想は女性にとってもまた別のものという事ですかと一人納得する。

「私がもし、人魚姫みたいな立場になったらね。まず最初に不思議な力には頼らないわね」
「ですが、それですと王子には近付く事すら叶わなくなりませんか?」
「そうかもしれない。だけどね。努力をしてみてからでも良かったんじゃないかな?」
「それはそうかもしれませんが・・・」

人と言う存在は自分と違う何かを恐れる。
だから、努力をしてもし、王子と再会が果たされたとしても最悪の結果が待ってるかもしれない。
そう考えるとの意見には少し賛同出来なかった。
彼女もそれは何となく感じたのが再度口を開いた。

「でも、私ならさ。もし、誤解から生まれた愛だとしても
王子が幸せならそのままそっとしとくかな。自分は悲しくても愛した人が幸せならそれで満足だもん」

鮮やかな優しい微笑を浮かべて紡がれた彼女の言葉は優しい彼女らしい言葉だった。
私は思わずそんな彼女を引き寄せて腕の中に閉じ込める。
唐突な事に彼女はきょとんと目を見開いた後、顔をかぁっと赤く染めて硬直した。

「ちょ、張コウ??」
は本当に優しい女性なのですね。そして、心が何よりも美しい。
人としての美徳に満ち溢れた貴方を今、凄く愛おしく想いますよ。誰よりも」
「美徳って・・・そんな、大層なものじゃないから!」
「いいえ!大層なものなのです。は謙遜し過ぎですよ?」

少し抱き締める力を緩めて、身体を離して彼女の顔をじっと見つめ、そう返す。
すると、彼女は自ら私の胸に顔を埋めて小さな声で呟いた。

「私よりも張コウの方が数倍、素敵だし・・・でも、張コウに想われるのは嬉しい」

恥じらいながら愛しい人に紡がれるその言葉にどれだけの破壊力がある事か。
私はぐらりと理性が音を立てて崩れてしまいそうになるのを美しくありたいという美学で押し留めた。

「有難う御座います。御気持ち嬉しいですよ。今更ですが確かに貴方の気持ちは判ります。
愛する人が幸せならば自分が辛くても構わないという気持ち。ですが、には決してそんな想いはさせません」
「え?」

急な私の言葉に彼女は再び顔を上げて大きな瞳が零れ落ちんとせん程に見開いた。
私は満面の笑みを浮かべるとそっと瞳を伏せて彼女の額に口付けを落とした。

が愛してくれる限り、私も貴方を愛し続けますから絶対にそんな事はありえないのですよ」

強い意志を含んだ誓いにも似たその言葉を彼女に対する私の愛の全てを込めて囁くと
彼女はさっきよりも一段と顔を赤く染めて、嬉しさと羞恥を織り交ぜた誰よりも美しい微笑を浮かべた。


悲恋なんて私達にとっては最も美しくないものですから。
(なら、きっと私達は悲劇や悲恋にはならないね?)
(ええ、必ずなりません。私達なら)