「貴女がかの有名な江東の虎の娘であり、炎烈華と名高い姫将ですか」

目の前で拘束された傷だらけの美姫にそう尋ねるが彼女は決して闘志を失わず凛と答えた。

「如何にも。炎烈華の名を冠す江東の虎が一姫、
汝は蜀の名高き名称、趙雲殿のと御見受けするが相違あるか?」
「相違はありません。ですが・・・」

微笑みを消した趙雲は槍を素早く構えた。
すると、は拘束されていた縄を何時の間にやら解き、
傍に居た兵卒の剣を素早く抜くと趙雲に向かって振り下ろした。






毒も棘も失った深紅の花







「流石は炎烈華。ですが、貴女は私よりも弱い」
「黙れ、小さき龍よ!私は誇り高き虎の姫!辱めを受ける位ならば足掻き死を選ぶ!」

虎の咆哮の様なその叫びと迸る殺気に周りにいる兵卒達は剣を抜くも怯む。
だが、趙雲はそれを聞いてにっこりと笑うと槍で剣を捌き、彼方へと吹き飛ばすと喉元に切っ先を付きつけた。
一瞬の出来事には思わず生唾を飲み、一筋汗を流した。
静寂がその場を包むと松明が弾ける音が耳にやけに響き渡った。

「これで、小さき龍ではない事が判って頂きましたか?」
「・・・っっ!」
「取り合えず貴女の処遇は私が決めますので暫く大人しくして頂きますよ?」
「何を・・・ぐっ!?」

槍を離すと一瞬で間合いを詰めて腹に一発拳を叩きこむ。
衝撃に気を失ったはその場に倒れ込むが趙雲がそれを抱き起こし、そのまま抱えた。

「さあ、毒も棘も消し去ってただの華になって頂きましょうか」

不吉な言葉がの耳に届く事はなかった。
そして、時が過ぎ去り一月は経とうとしていた。

「おはようございます。気分は如何ですか?」
「それを貴様が聞くか?」
「元気そうですね。良かった」
「・・・貴様、この状況で言うか?腹立たしい」

手首には縛りつけられて擦れた生々しい紅い痕跡。
体にも散りばめられた紅い華が見える体を示しながら眉間に皺を寄せては言った。
勿論、それを目の前の趙雲が取り合うとは思って居ないが。

「・・・で、呉と蜀の同盟はちゃんと結ばれたのだろうな?」
「ええ、貴女という人質の上で成立しましたよ」
「そうか。父上達が無事ならそれでいい」

辱めを受ける位なら死を選ぶと告げたが屈辱ながらも甘んじて辱めを受けたのは他ならぬ孫呉の為だった。
人質としてこの蜀に貢献するならば孫呉の安全は確約しようという言葉には屈服した。
趙雲は最初からこれを見越していたのだ。
だから、殺さず生かして捕らえ、蜀に連れ帰った。
そして、のほぼ全てを掌握している。
家族の命がある限り、彼女はこの蜀から抜け出す事も死する事も出来ない。

「首輪をつけて飼い慣らして仕舞えば猛虎も恐ろしくはないものだ」
「勝手に言っていろ。私は心までは渡しはしない。いつか飼い慣らしたと思った虎に咬まれて死ぬがいい」
「それは恐ろしいですね。出来たらですが」

挑発するかの様な言動にきっと鋭く睨み付けるであったが趙雲は気にした素振りも見せなかった。
それに歯をぎりりと噛み締めながらは身支度を手早く整えて再び寝台に腰を下ろした。
長い髪を纏めようと頭頂部に近しい部分に髪を集める。
そして、きゅっと髪紐で結ぶがそれを横から伸びてきた趙雲の手があっさりと解いた。
ばさりと長い髪が肩に落ち、背に流れる。
は顔を趙雲に向けて再び睨み付ける。

「貴様、折角結んだというのに何をする!」
「貴女は下ろしている方が似合うと思ったので」
「・・・もう、いい。勝手にしろ」
「はい、そうさせて貰います」

先に部屋を後にする彼女の背を見つめながら手の中の髪紐を暫し見つめて、趙雲はその後を追った。
その途中に女中が見え、擦れ違い様に女中にその髪紐を差し出した。

「丁度良かった。これを捨てて置いてくれないか?」
「あ、はい。ですが、これはまだ使えそうですが?」
「もう、必要ないものだからいいんだ。頼むよ」
「はい・・・?」

不思議そうにする女中をそのままに趙雲は先行くに向かって走り出す。
その胸中は黒く澱めいていた。

(長い間欲した彼女を漸く手に入れたのだ。彼女の中にある孫呉という痕跡など全て消えればいい)

歪んだ感情に歪んだ笑みを一瞬浮かべた趙雲。
直ぐに消え去りし、その想いと表情を知るものは誰も居ない。


毒も棘も失った深紅の花をじわりじわりと手折る快楽。
(いっそ貴女を壊してしまってもいいと思っている)
(どんな形であれ、貴女が完全に手に入るならば)