白い肌に紅い華を咲かせていく。
愛しい君が消えて仕舞わない様に、逃げて仕舞わない様に。
浅ましい感情を君に向ける事を良しとしていなかった筈なのに
どうしようもなく今は君を手放したくなくて俺は独占の意を刻みつけた。
共にいる度に溢れ溢れ続ける感情に俺は溺れてしまったのかもしれない。
拘束痕
情事が終わり、眠りについた彼女の姿を頬杖をついて眺める。
背を天上に向けて眠る彼女の肌には紅い華が咲き乱れており、
夢中になっていたとはいえ、自分の愚かさに自嘲を含む苦笑を浮かべた。
こんなもので彼女を縛れる筈もないと判っているのに、と指でそっとその紅い印に触れる。
陶器の様に滑らかな肌につけられた紅い印と印を繋ぐ様になぞる。
「んっ・・・すぅ・・・」
「起して・・・ない、か」
小さく呻きを上げた彼女の声に起してしまったかと
身構えたが大丈夫だったようで安堵の息を吐く。
彼女の顔に掛かった髪を払いながら再び彼女を見つめる。
濃い陰影を肌につける長い睫、隠れた瞳、白磁の肌、黒絹の髪。
こんなに美しい彼女が自分を選んだ理由が判らない。
「駄目だな・・・私は」
些細な事で不安になり、彼女の想い疑う様な考えを抱くなんて。
これ以上答えのない疑問を巡らせるのは止めようと身体をちゃんと横たえて彼女を抱き込む。
触れ合う事により一時的に満たされる充足感。
この両の腕の中に彼女が居る間は確かに俺だけのものだと感じれる。
「おやすみ、」
それで満足しなければと思うとそのままゆっくりと瞳を閉じて深い眠りへと堕ちていった。
翌朝、目覚めてみれば彼女の姿は隣になかった。
思わず飛び起きて辺りを見渡せば彼女が不思議そうな視線をこちらに向けて首を傾げた。
「子龍?どうかしたの?」
「あ・・・いや、なんでもない」
「なんでもない、という割りに顔が少し蒼白としている」
「本当に、なんでもないんだ。それより今日は早いんだな。いつもは俺より後に起きるのに」
隣に居なくて慌てたなんて言える訳もなく、曖昧に誤魔化して笑えば
彼女は訝しげに眉を顰めたがすぐに表情を変えて質問に答えた。
「私だってたまには早く起きる。その御陰で珍しい子龍の寝顔も見れたし、今日はいい気分だ」
「寝顔って・・・男の寝顔なんて何も嬉しいものじゃないだろう?」
「それはどうでもいい人なら、な。少なくとも貴方は違うだろ?私にとって一番特別な人なんだから」
屈託のない笑顔を浮かべて寝台に腰掛けた彼女はそっと俺の頬に触れた。
そして、ぐっと引き寄せられたかと思えば強引に唇を重ね合わせ、直ぐに離れていく。
唐突な事にされるがままになっているとそのまま首筋に唇を這わせられた。
「っん・・・!」
這わせられたその首筋を強く吸われて、思わず声を漏らす。
それに慌てて口元を押さえれば二、三度強く吸われて温かい感触が離れていく。
「・・・?」
「意外とつけるのって大変なものだ。薄く紅くなっただけだな」
「紅くって・・・!」
漸くされた行為を理解すると熱が顔に集中する。
それを見て彼女はにっこりと言うよりはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。
「子龍がやたらつけてくるから私もつけてみた」
「だからって、また見える所に・・・」
「私はいつもそれで困っているが?」
「ぐっ・・・それは、すまない・・・」
反論する余地を与えさせない彼女に完敗し、その場で項垂れると傍にあった手鏡でそれを確認する。
これは、確実に衣服では隠れないなと途方にくれていると彼女がそっと肩に寄りかかって来た。
「まあ、そんなもので縛れるなんて思ってないけど少しは満たされるかもな」
「え?」
「子龍が印をつけたがる気持ちが少し判ったって事だ。
でも、私は別にこんなものが無くたって逃げないし、離れない。っていうかそんな事出来る筈がないんだ」
まるで自分の心を見透かされている様な言葉に心臓がどくりと一際大きな鼓動を打った。
そんな俺の手をそっと握って彼女は自分の胸にそっと手を当てさせた。
少し早い鼓動が感じられる。
「この鼓動を動かしているのはもう子龍なんだ。離れたら死んでしまう」
「・・・」
「大げさかもしれないけどそれ位好きなんだ。重い女かもしれないけど」
自嘲してそう告げる彼女の手を引いて強く抱き締める。
嗚呼、どうしてこんなにも愛おしいのだろうかと。
そして、その気持ちは俺も同じく抱いていて心が満たされていく。
「重くなんかない。それなら俺の方が重いだろうし」
「そうか?でも、子龍は重くない。だって、私にとっては心地良いのだから」
「俺も、心地良いよ」
当然の様に重なる唇の感触に酔いながら俺の心が晴れやかになっていくのを感じた。
同じ位置に咲く華は互いを繋ぐ紅い拘束。
(まあ、これからは私もつけさせて貰う事にしよう。私だけ隠すのに苦労するのは対等じゃない)
(・・・出来るだけ見えない所につける様に善処するからそれは許してくれないか?)
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