たった、数秒。
たった、数秒の反応の遅れが戦場では命取りになる。
神経を鋭く尖らせ、常に視線を巡らせる。
敵は四方八方からたった一人の私を狙ってくる。
敵味方入り混じる其処で私はそう思い、独りで戦っていた。
彼女が私の元に来るまではずっと、そうだった。
背中越しの体温
「御初に御目に掛かります。今日より趙雲様の副将及び護衛を仰せつかったと申します」
第一印象は、柔らかい物腰の上品な女性でとても戦場で戦う者には見えない。
のちにそんな考えは愚の骨頂だと思い知らされたのは記憶に新しい。
武勇、知略、統率。
全てにおいて右に出る者はいないと言われる程の実力は正直、副将という地位に疑問を抱かせた。
本来ならば軍団長として皆を纏める地位につく実力の持ち主であろうに、と。
彼女が振るう剣の腕は誰にも劣らぬものであったし、そう思うのも当然だった。
「趙雲様は私を買い被り過ぎです」
「そんな事はないと思うが・・・」
「いいえ、そんな事あります。
ですが、しいて言うなればそれは誰かを守る剣だからこそ強いと感じるのでしょう」
「それ、は・・・ええっと・・・?」
素直に疑問を投げ掛ければその様に言われて思わず顔を朱に染めた。
くすくすと笑いを浮かべるに結局それ以上聞ける筈もなく、
それが冗談だったのか本気だったのかは判らぬままだ。
そして、今、私は再び戦場でぎりぎりの境界を彷徨う。
「てぃやぁああ!!」
「ぐぁあっ!」
一人斬っては一人刺し、露と消え逝く命達。
どちらに転ぶかは一瞬が命取り。
息を整える間もなく、次から次へと襲い来る敵を倒す。
(それにしても、敵が多い・・・このままでは、危ういな・・・)
冷静に状況を分析しながら少し焦りに汗が伝う。
そんな時だ。
「趙雲様!!」
「!?」
愛刀で敵の間を駆けてきた彼女は直ぐに私に背を合わせて刀を構えた。
「何故、来たのだ!!お前には殿を任せたであろう!?」
「御安心下さい。殿は既に安全な所へ。それに、私は貴方様の護衛であり、副将です。
貴方様を守らずして、逃げ遂す事など出来る筈がありません。貴方様を守る事こそ私の本懐」
「・・・」
思わず胸が熱くなる言葉に私は素直に驚き、目を見開いて彼女を横目で見た。
いつもの様に彼女は淡く微笑み、強い意志の輝きを持った瞳で私を見つめ返した。
「趙雲様、何処までも貴方様の御傍に」
此処が戦場である事すら忘れてしまいそうな鮮やかな笑みと共に
紡がれた言葉の何と心強い事か、そして、私は此の命がたった一人のものでない事を知った。
「、では、参るぞ!この窮地を打開し、生を掴み取る!!」
「御意に御座います!いざ、参りましょう!」
駆け出した私達は敵を幾千も幾万も退けて、生を掴み取った。
一人でならばきっと生きては帰って来れなかったであろうに。
全くもってには感謝をしてもし切れなかった。
「、少しいいか?」
「何でしょうか?趙雲様」
あれから少し日が経ってしまったが何か礼をしたいと思い、彼女に声を掛けた。
「この間の戦、そなたの御陰で命拾いをした。そこで何か礼をしたいのだが・・・」
「礼など・・・私は当然の事をしたまでです」
「だが、それでは私の気が収まらぬのだ。何でも良いから言ってみよ」
強くそう申せばは少々困った様子で笑い、唸る。
もう一度、何でもいいのだ、と押してみれば彼女は観念した様に瞳を伏せて口を開いた。
「判りました。では、私がいいと言うまで目を伏せて頂けますか?」
「?そんな事で良いのなら・・・」
「はい、では、御願い致します」
一体、それとの望みがどう関係するのか判らないまま、言われた通りに瞳を伏せる。
瞳を伏せても気配は感じるが何をしているのかまではよく判らず何だか落ち着かない。
私のそんな考えが伝わったのか小さく彼女が笑いを漏らす。
その声がやけに近くで聞こえて不思議に思うとふわりと芳しい香りが嗅覚を刺激する。
次の瞬間、唇に広がった陽だまりの如く優しい温もりに私は瞳を勢いよく開けると
艶やかなの前髪が額を擽り、伏せられた彼女の瞳が視界を覆いつくしていた。
何をされているのか認識すれば凄まじい早さで体中の熱が頬に集中した。
同時にの唇が離れて、彼女の瞳が緩やかに開かれた。
「趙雲様、男は大望の為に戦う生き物で御座います。ですが、女はいつの世も愛に生きる生き物なのです」
「それ、は・・・」
「鈍感な御方ですね。女は愛に生きる故に愛する者を守るのです。
時に家族を、時に友や仲間を、そして、時に愛し慕う人を。つまりはそういう事なのですよ」
有無を言わさぬ笑みを浮かべてそう言われてしまえばそれ以上何かを紡ぐ事は無粋に思えた。
私は素直に降参だと告げる他に選択肢は残されていなかったのだ。
背を預けられるのは信頼と信愛故に。
(戦場では武人として、それ以外は愛すべき人として)
(この背にずっと、未来永劫、温もりを)
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