「若王子先生!」
「どうかしましたか?さん」

ふいに呼ばれた声にどきりと胸を高鳴らせる自分がそこにいた。






この想いの名前を口にすることはない







「一緒に帰りませんか?」

無邪気な笑顔を浮かべてそう誘う彼女の声がとても心地よく感じて聞き入ってしまいました。
彼女は僕の生徒で僕は彼女の担任の先生。
ただそれだけの関係。
そう、それだけの関係。
彼女にだって他意はない筈です。
けれど、僕はそんな彼女の誘いが嬉しくて仕方なかったんです。
高鳴る鼓動。
これは一体なんなのだろうかと疑問に思うが。
どうにもこの気持ちについて突き止めることを躊躇ってしまいます。

「若王子先生??」

ぼーっとしていたせいか心配した彼女が僕の顔を覗き込んできました。
急な事だったので驚いて少し体温が上がったような感覚に襲われます。

「ああ。すみません。ぼーっとしてしまいました」
「ふふっ。若王子先生らしいですね」
「そうですか?・・・それより遅くならないうちに帰りましょうか」
「はいっ!」

結局、僕はこの誘いを受けてしまう。
だって、断る術など僕にはないのだから。

「先生。もうすぐ文化祭ですねー」
「そうですね。先生、文化祭はとっても楽しみです」
「あははっ!またお客さんの呼び込みするんですか?」
「はい。今年も一生懸命がんばります」

他愛もない話をしながらも彼女の仕草、一つ一つに目がいきます。
・・・なんだか末期な感じですね・・・
本当は気づいているんです。
この感情の名前も。
何なのかも。
それでも立場上それを告げる事はできません。
むしろ告げる資格などないかもしれない。

「あ、先生!私、こっちなんで!」
「そうですか。それじゃあ、気をつけて帰るんですよ」
「先生もね!それじゃあ!さよなら!」

微笑みながら手を振って立ち去ろうとする彼女を見つめる。
その時でした。
急に彼女が止まったのです。
いえ、止まったのではなく止まらずにはいられなかったと言ったほうが正しい。
それは・・・

「先生・・・??あの・・・手を離してくれないと帰れませんよ?」
「あ・・・す、すみません・・・」

ふいに掴んでしまった彼女の手。
それは無意識の行動。
自分でも何故こんなことをしたのか・・・

「変な先生。じゃあ、今度こそさよなら!」
「はい。さよならです」

今度は手を伸ばすことなく互いに手を振って別れました。
彼女の姿が消えるまで彼女をずっと見続けて。
そして、彼女の姿が見えなくなった後。
彼女の手を掴んだ手にもう片方の手を重ねました。
とても心地よく残った体温に酔いしれてしまう。
どうやら本当に末期のようです。
今はまだこの気持ちは隠せそうです。
でも、いつか隠せなくなる日が来るのでしょうか。
決してこの想いの名前を口にすることはない。
そうとは言い切れない自分が今ここにいる事実を感じた放課後。