「?こんな所で何をやってるんだ?」
丁度、目の前の扉から出てきた金髪の美丈夫は少し驚いた様子で私を見下ろした。
しかし、そんな些細な事は私には関係ないと当初の目的通りくんっと匂いを嗅ぐ。
女性にしては身長が高いであろう私を見下ろす彼から微かに香る匂い。
「甘い・・・匂い」
バニラエッセンスとか砂糖とかそんな匂いが彼から香るのを確かめる様にくいっと彼の上着を引っ張った。
小悪魔メルト
「・・・っ!?」
怪力だとよくアベルとかに言われる私の腕っ節の強さを知っていても急な力に逆らえなかったユーグは前屈みになった。
これで近くなったと満足した私は彼の困惑を気にせずそのまま匂いを嗅ぐ。
やっぱり甘いお菓子の様な香りが彼から香ってくる。
「ユーグはお菓子の香り」
「??」
意味が判らないとただ首を傾げるユーグの後ろからひょいっと騒ぎを聞きつけた教授が姿を現した。
「おや?君じゃないか。ユーグを捕まえて一体何をしてるんだい?」
少し楽しげに呟く教授を見て何故楽しそうなのかは理解できなかったけれど、取り敢えず聞かれた事を答えた。
「匂いを嗅いだ」
「・・・それはまたどういう経緯で・・・?」
ユーグと私を代わる代わる見つめる教授の視線にユーグも首を傾げた。
そこで漸く私は事の成り行きを説明し始めた。
「カテリーナ様は御花の匂い、ケイトは紅茶、トレスは硝煙。
皆色んな匂いがするって話をしたらお菓子持ったアベルがユーグは甘い匂いがするかもしれないって」
さっきまで一緒にお茶をしていた人たちとの会話を自分なりに簡潔に話すと二人とも漸くなる程と納得した。
そこで苦しそうなユーグの声が小さく聞こえたので自分がまだ彼の服を掴んでいる事に気づいて手をぱっと離した。
「成程ね。私から見たらまるでからユーグにキスをしている様に見えたから驚いたよ。ついにユーグにも春っ・・!」
「師匠。それ以上は・・・」
愉快そうに笑いながら何かを言おうとした教授の口を思いっきり塞いだユーグ。
若干、冷や汗が流れている気がするけど、一体何なのだろうかと首を傾げる。
すると、ユーグが一言「気にしなくていい」と告げて咳払いをした。
自分もそこまで興味があった訳じゃないので特に気にせずに首を元に戻す。
そして、どうせならと教授に近付いてくんくんと教授の匂いも嗅ぐ。
「教授は薬品とか色々混じった匂い・・・不味そう」
トレスの匂いはいつも戦う時、嗅ぐから気にならないんだけど教授の匂いは薬品が色々混じっていて気持ち悪くなってくる。
私は顔を顰めて、良い匂いがするユーグにしがみ付いた。
ユーグがぴくんっと身体を揺らした気がするが顔を見上げるといつもの表情だったからたぶん気のせいだろう。
「不味そうってくん。流石にちょっと傷つくんだけど・・・っていうか食べる気なのかい?」
「ううん。そうじゃないけど。・・・あ、もしかして美味しい匂いだったら食べても美味しいのかな?」
「「は?」」
ふいに疑問に思った事をそのまま呟くと二人が口を開けて固まる。
私はと言うと気になってしまったからには実際に試して見なければと好奇心によるワクワクを感じながらユーグに向き直った。
流石にかぶっと食べるのはユーグが痛そうと判断して舐める事に決める。
ユーグの手が一番近いけど、ユーグの手は義手だからと思ってまたユーグの服を引っ張った。
そして、前屈みになったユーグの頬をぺろりと舐める。
その時、ぱさっと掛かってきたユーグの綺麗な金色の髪がくすぐったくて判らなかったのでもう一度ぺろりと舐める。
「んー・・・味しない?」
凄く甘いお菓子の匂いがするのに全然甘みは感じられず首を傾げる。
何でだろうかと悶々と考えるが結局答えは出ないのでそこで思考を終える。
そして、ユーグの服を離して開放すると
カフスに入ってきた通信でケイトが違うお菓子を準備してくれた事を知り、カテリーナ様の元へと行こうと踵を返す。
「そっか。何で味がしないのかカテリーナ様やケイトなら知ってるかも?」
二人は色々と教えてくれるし、二人に聞こうと納得する。
「じゃあね。教授、ユーグ」
それだけを言ってパタパタと駆け出す私にユーグと教授は固まったまま見送る。
しかし、教授が先に我に返り、ユーグに告げる。
「いいのかい?ユーグ。あのままじゃ、くん全部喋っちゃうと思うんだけど?」
「!?し、失礼します。師匠。・・・っ!!」
教授の声に我に返ったユーグがを追いかけて走り出す姿を見て教授はのんびりと「青春だねぇ」と呟くのだった。
今日も剣の館は平和である。
甘い匂いに誘われて。
(ユーグさん、息切らしてどうしたんですか?)
(アベル、君が原因なのだが?)(ええ!?)
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