長期の任務を終えて帰って来たものの義手の調子が悪く、師匠にメンテナンスをして貰おうと研究室の扉を開いた。
そう、その筈だったのだが・・・
「あ、ユーグさんだ。お帰りなさい」
「やぁ、ユーグ。久しぶりだね。今日はメンテナンスかい?」
開けばそこには大量の花と花で飾られたいい歳の男達。
そして、その男達に花を飾っている少女が居た。
花冠ビヤンネメ
「これは・・・一体・・・?」
自分で思わずそう呟きながら中々見たくない姿が数人居て思わず扉を閉める。
すると、アベルが苦笑しながらその扉を再度開いた。
「ユーグさん!そんなこの世の終わりを見てしまったみたいな顔して閉めないで下さいよ!」
「いや、しかし、実際夢だと思いたい。特に師匠・・・似合ってません」
「うむ。それは一番判っているんだが外すと我らが姫君を怒らせしまうのでね」
全く困ったと言った様子で教授が見た先にはトレスに花を飾っているの姿だった。
彼女は十七歳の少女なのだが少し幼い所があり、時たまこう言った奇怪な行動に出る事があった。
任務中はちゃんと任務に集中するから皆も咎める事はない。
むしろ皆、妹や娘が出来た様に可愛がってる節がある。(あの猟犬ですらこの様子。)
結局の所、Axの姫君と呼ばれる所以とそれがなっているのだが。
それにしても、師匠やアベル達が花を飾られている理由は判ったが部屋を覆い尽くす程の花は一体どうしたのだろうか?
そこでたぶん持ってきたであろう張本人に声を掛ける。
今しがたトレスの飾りつけも終わったらしいし。
「」
「あ、ユーグ。お帰りなさい」
「ただいま、それよりこの花は一体?」
すると、は座れて促すように袖を思いっきり引っ張る。
彼女の怪力さ故にそのまま座り込むと彼女は俺の膝の上に乗って俺にまで花を飾り始める。
嫌だと言ってしまえればいいのだが何分彼女を悲しませるのは忍びない。
結局の所、俺も彼女に甘いのだと苦笑する。
「で、この花は?」
「んー・・・誰だっけ?えっと・・・ああ、メディチ枢機卿がくれた」
それを聞いた師匠とアベルが思いっきり机に頭をぶつける音が部屋中に響き渡る。
も流石にその音に驚いたらしく、手を止めて二人を見た。
「大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫ですよ・・・」
「あ、ああ。それにしてもメディチ枢機卿といつの間に仲良くなったんだい?くん」
どうやら二人ともまだこの花について詳しく聞いていなかったらしく相当驚いている。
いや、それは俺も同じなのだが。
何せ、メディチ枢機卿が対立する我らがミラノ公の部下たると仲良くなった訳が皆目見当つかない。
から寄っていってもメディチ枢機卿の方が嫌がりそうなものだ。
だが、花をこれほど貰うという事はそれなりに好意的であると考えた方が筋が通る。
しかし、その肝心の好意を持たれた理由が判らない。
出てきた疑問に首を捻っていると本人の口からその理由が明かされた。
「・・・なんだったけ?確か、この間、庭園でばったり会って、難しい顔してたから持ってた飴をあげたの。
カテリーナ様も疲れている時、難しい顔してたりするからきっとそうなかなと思って、甘い物食べたら疲れも飛んじゃうよって」
「その御礼にこの花を?」
「うん。いっぱい部屋に送られてきた。でも、この中の花の全部がメディチ枢機卿のじゃないよ」
また、新たな事実を聞き、皆が首を傾げる。
飴の御礼に花束と言うのも余程気に入られたのだなと思ったがまだ花束を贈ってきた人物が居るらしい。
は俺の髪に花を挿しては気に入らないらしく、放り投げる。
それに、飽きたのか膝の上に座り込み、花を編み出した。
その様子を見守りながら話の続きを促す。
「じゃあ、他に誰が?」
「異端審問局のドゥオが最初にくれて、その次にペテロ、その次にアンデレがくれた」
その言葉に再びアベルと師匠が机に頭を思いっきりぶつけた。
俺もいつの間にが異端審問局の異端審問官と仲良くなっているのかと顔には出さないながら驚く。
確かに彼女は放浪癖があるし、一度聖下と遊んでいたという話をミラノ公から聞いた事もあった。
それ故にある意味納得できるのだが。
そう思った折、不意にトレスが立ち上がり、扉の外へと向かおうとした。
「トレス?どこに行くの?」
がそんな様子を見て素直にトレスの行く先を聞く。
何となく嫌な予感がするのは考えすぎだろうかと思いつつ、俺もトレスに振り向いた。
「これより異端審問局に言ってシスターを誑かす行為を止める様に警告。聞き入られない場合は戦闘に入る」
「は、早まっちゃいけませんよ!トレス君!!」
「そ、そうだよ!流石にそれはまずいから!」
恐るべき事を告げたトレスに師匠とアベルが慌てて駆け寄る。
トレスも機械化歩兵で自身を機械だと称するがの事になると妙に人間くさい所がある。
老若男女問わず仲良くなるの人柄故かと思われるがある意味Axで最強の人間だと腕の中に居るを見つめた。
取り敢えず止めに入るべきかと腕の中で不思議そうにトレス達を見守るへ視線を移し、ひとまず下ろそうとしたが彼女がふいに口を開く。
「トレス。ドゥオ達と喧嘩するの?」
「あ、ああ、まあ、そうなってしまうな。このままじゃ・・・」
「そうなったらカテリーナ様困るよね?ユーグも困るよね?」
ミラノ公は判るのだがその後に何故、俺が困るのか聞いた理由が判らない。
が、確かに困ると言われれば困るので頷くとトレスに向かってが鶴の一声を上げた。
「トレス。行ったら駄目だからね。行ったらゴキブリ投げるから」
よく理解できない脅しを含ませつつ、そう告げたの言葉にトレスの動きが止まり、再び部屋の中へ戻っていく。
皆が顔を合わせてほっと一息吐いた。
「それにしてもさんは本当に怖いものないですね。
普通女の子ってゴキブリとか怖がりません?私もあまり見たくない部類の虫なんですけど」
「透けた人間の方が怖い」
の一言に部屋中が再び凍りつく。
透けた人間と言うのは一体どういう意味なのだと思うが思い当たるに一つしかない。
皆もそれに思い至ったらしく、首を振って今の言葉を忘れる事にした。
「出来た!」
丁度その時、先程から編んでいた物が完成したらしく、俺の頭にぽんっと乗せる。
「うん。ばっちり」
「・・・ありがとう」
完成した出来を見て満足したらしく、いつもは無表情な顔に笑みが綻んでいる。
それを見るとまあ、花を飾れるのも悪くはないと思って同じように顔を綻ばせた。
「さん、手先が器用なんですねぇ。白薔薇で花冠作ってしまうなんて」
「というか君にしか出来ないよね。茎、硬くないかい?」
アベルと師匠がそう言いながら俺の花冠を見つめる。
にはそんな声は聞こえてないらしく、俺と花冠を見てまだ笑みを浮かべていた。
「ちょっと大変だけどあげたい花はこれだったし、ユーグは特別だから頑張った」
そう笑ってはその辺の残っている花をがばっと集めて立っているトレスに渡す。
俺は思いがけぬ言葉に驚き、目を丸くしてを見つめた。
アベルと師匠も口を開けて俺とを見た。
「じゃあ、次はカテリーナ様の所に行こ。トレス、一緒に運んでね」
「了解した」
両手に花束を持って開いている扉の外へと出て行ってしまった。
その様子を驚きでただ見守っている事しか出来なかった。
花冠は特別な君へ。
(えっと、さん。意味判ってるんでしょうか?)
(さあ?どうだろうね。)(・・・取り敢えずメンテナンスお願いします。師匠。)
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