全てを手に入れたいと望む。
それが叶わぬ願いだとしても望まずにはいられない。






サフランを散らせて







最初は本当に興味本位だった。
繊細で美しく儚い。
それでいて芯は強く意志を持ち、自身という存在を確立している少女。
俺の周りにいる女共とは全然違う年下の女。
ただ、本当に好奇心で興味を持って構い出したのが始まりだったんだ。
初めは人のいい先輩だっただろう。
しばらくしてふと本性を見せてみたくなった。
見せてみるとあいつはにっこりと笑って。

「そっちのほうが先輩らしいです」

なんて言いやがった。
驚くだろうなと思って見せた本性。
なのに驚かされたのはこっちだ。
本当に調子が狂う。
気がつけば俺はあいつの全てを奪い去り俺のものにしようとしていた。
そして、最終コンクールが終わったあの日に俺はあいつを手に入れた。
それで満ち足りた筈だった。
事実、今俺は幸せだと思うのだ。
けれど、不安が過ぎる。
そんなものを抱く方がおかしいのに些細な事で暗い陰りを見せる心。
いつからこんなにも脆くなったのだろうかと思う。
でも、あいつには気付かれないようにと平静を装ってきたが限界も近いかもしれない。
あいつを傷つけたくないと思うのに人の心はどうにもならないらしい。

「・・・ったく。は一体どこにいるんだ?」

いつもの通り練習室でピアノを練習していると言っていたので迎えに来てみれば彼女の姿はない。
擦れ違いにでもなったのかと思ったがあいつに限ってそれはないだろう。
そう考えると何かあったのかと不安に思う。
それでさっきから俺は柄にもなくこのだだっ広い校舎を駆けずり回っていた。
しかし、いくら行けども行けどもあいつの姿は見つからない。
俺は階段を駆け上がって次にあいつが行きそうな屋上へと向った。
すると、案の定あいつの黒髪を視界の右端に捉える。
ようやく見つけたと思い、声をかけようとした。
しかし、それは叶わなかった。
その光景に時すら止まったのではないかと錯覚するほどの衝撃を視界に捉えたのだから。
の隣に居たのは火原だった。
笑顔で二人で話す姿。
まるで仲のいい恋人同士に見えた。
そんな事実はどこにもないのに。
それを眺めている内にじわじわと心の内にどす黒い想いがこみ上げてくる。
醜い感情だ。
反吐が出るくらいに最悪な感情だ。
酷くなる一方のこの感情への不快感に耐えられなくなった俺は無意識に動いた。

「何をしてるんだ?
「あれ?柚木!」
「梓馬先輩!今、火原先輩に・・・」

が言おうとしたことを遮って俺は言った。

「へぇ?俺がお前を探して学園内を駆けずり回ってる時にお前は楽しく火原とお喋りか?」
「梓馬・・先輩・・?」

二人の驚いた顔が視界に入る。
俺が何故怒っているかわからないからだろう。
俺はそれでも冷たく低い声で告げる。

「そんなに楽しけりゃ火原と付き合えばいいだろう」
「柚木・・・!!いくらなんでも言い過ぎだよ!!」
「火原は黙っててくれないか?俺たちの問題だ」

気迫に押されたのか火原はそのまま押し黙ってしまう。
はというと何とも言えない表情を浮かべて何を言うわけでもなく俺に視線を注ぐ。

「まあ、どうでもいい。俺は行くぜ。後は二人で楽しめよ」

それだけ言うと俺は踵を返して屋上を後にした。
の呼ぶ声が聞こえたが俺は気付かぬふりをして階段を下りていく。
ただ、どす黒く醜い感情を抱き。
それによって染まる醜悪な表情を浮かべて。
無意識に歩みを進めたのは森の広場だった。
放課後の広場は人は居なくただ不気味なほどの静寂が漂っていた。

「・・・何をやってるんだ。俺は・・・」

冷静に戻ってみて自嘲するようにそう呟く。
足元を見つめて視界を埋め尽くすは自身の髪。
不安、だったんだ。
が俺と居るよりも火原と居る時の方が楽しげに見えて。
これは単なる嫉妬だ。
わかっているんだ。
でも、どうにもならなかった。
愛しくて愛しくて。
だからこそ嫉妬心も強くて。
全てを雁字搦めに縛って独占したい。
そう思ってしまう。
俺はそのまま大きく茂る木の下に崩れるように座り込んだ。
瞳を閉じて。
ただ、ひたすらにどうすることもなく後悔した。
すると、急に目の前が暗くなった。
それと同時に少し荒い息遣いが聞こえる。
俺はそっと瞳を開けるとそこには走って来たのか息切れし、苦しそうなの姿だった。

「梓馬先輩・・・見つけたっ・・・・」
「お前・・・お、おいっ!!」

柄にもなく焦った。
彼女が急にその場で崩れ落ちるかのように倒れこんだから。
俺に向かって倒れてきたから抱きとめる事が出来たが本当に驚いた。
どうすることできないままでいると彼女がふいに顔をあげた。

「先輩・・・ごめんなさい」
「・・・何がだ?」

彼女の声でようやくハッっと我に返ると平静を装ってそう呟く。
彼女はまだ少し整わない不規則な呼吸を繰り返しながら声を絞り出す。

「先輩が不安に思ってるなんて気付かなくて。
火原先輩とは確かに仲がいいです。
でも、それは梓馬先輩の話をしたりで盛り上がるからであって・・・」

その言葉に俺は一瞬思考を止めて彼女に問いかける。

「ちょっと待て。俺の話・・?」
「え、ああ!?いえ、あのその・・・私は学年が違うからあまり先輩の事知らないし、不安で。
だからちょっとでも知りたいと思って・・・火原先輩に無理を言ってお話してもらって・・・それで・・・」

彼女の一語一句に俺は驚きを隠せなかった。
火原と話していた理由が俺だなんて考えもしなかった。
だから、驚いた。
それと同時に嬉しいと思った。
本当にやってくれる。
一人で嫉妬していた俺が馬鹿みたいじゃないか。

「だから先輩はさっき火原先輩と付き合えばいいって言いましたけど私は梓馬先輩じゃないと・・・」
「ああ、もういい。わかった」

まだ言葉を告げようとしたの言葉を遮る。
すると、は不安げな表情を浮かべてこちらを見てくる。
そんなの顎を捉えるとそのまま素早くキスをした。
ただ、触れるだけのキス。
ちゅっと可愛らしいリップノイズを響かせて唇を離す。
すると、きょとんとしたはすぐさま顔を薔薇のように赤く染め上げた。

「今回は俺が悪かった。嫉妬したんだよ。火原に。でも、お前が可愛い事を言ってくるし、何かどうでもよくなってきた」
「な、何を言ってるんですか!?」

顔を赤く染め上げながらそう反論するの耳元で囁いてやる。

「喚くな。あんまり喚くとキス以上の事をここでするぜ?」
「なっ!?」
「・・・冗談だ。けど、あんまり可愛いとこばっかり見せられてちゃ本当に俺も我慢できなくなるかもな?」

冗談めかしてそう言ってやるとは少し涙目になりながらこちらを見つめてくる。
その表情がまた愛らしい。

。俺の事を知りたければ俺のところに来ればいい。
本人に聞くのが一番言いに決まってるだろう?わかったか?」
「は、はい・・・」

素直に頷くを見て俺は笑いを浮かべると再び耳元で囁いてやった。

「言葉でわからなかったら体で教えてやるからさ・・・」
「・・・!?」

俺の言葉に再びは顔を赤く染めて体を硬直させた。
その姿が愛おしくて笑いを浮かべる。
本当にさっきまでの暗い気持ちが嘘みたいに晴れた。

の言葉一つで。
あいつの言葉は俺の中に染み渡り、醜悪な気持ちを浄化していく。
どこまでも俺の中であいつの存在は偉大で大きい。
大切な愛する人だから。
素直にそう言ってやる気はさらさらないけど。
それでも俺はお前の事が好きだよ。
誰よりも何よりも愛おしい。
だから、お前も俺と同じくらい俺を愛してくれよ。
そうじゃないとフェアじゃないだろ?



(幸せを邪魔する醜いに感情なんてサフランの紫と共に消え失せるといい。)