「ごめんなさい。御父様。イルミの婚約先の一族なら全て始末してしまいましたわ」

朝食の席であっさりと言い切った娘の姿にどう切り返せばいいのか判らず、硬直。
数秒後に戻った思考で尋ねる前に最愛の娘は更に爆弾を落として言った。

「私、イルミの事を一人の男性として愛しいと思っておりますの。
やはり、愛しい人に婚約者ができるのは面白くありませんし、仕方なかった事かと」
「姉さんがそう言ってくれるのはとても嬉しいよ。俺も、そうだから」
「ふふ、ありがとう。イルミ」

どこか勝ち誇ったイルミの視線を受けつつもの一言を反復させる。
様々な常識を至極当然のようにぶち破る二人の子に対して、
問い詰めようとした父としての言葉は隣に居た妻の喜びの声に何故かかき消されていった。






ブザム・カレッサー 22









結局、朝食の席では喜ぶキキョウの独壇場で終わってしまった。
詳細も聞けぬまま仕事に向かって帰ってきた俺は一人悶々と考え込む。

「どこで、どうなってそうなったんだ・・・・」

一人呟いた言葉に答えを返してくれる人間などいないがどうしようもなく呟きたくなった。
イルミに関しては何となくわからんでもない部分があった。
父だろうと弟だろうとに近づくものには情け容赦なく殺気もしくは攻撃を仕掛けてくる奴だ。
過激派のシスコンであることなど明白であったし、それが恋愛感情になっていても不思議ではない。
そもそも最近、二人の関係がぎくしゃくしているとは思っていたしな。
しかし、それにしてもはそういったものを一切感じさせていなかったのだ。
誰にでも分け隔てなく接し、優しく、愛らしい事この上ない最高の娘だ。
いや、本当にこのゾルティック家に生まれたというのにどうしてあんな出来た娘が育ったのか謎なくらいに。
小さい時には俺の誕生日にと綺麗に着飾って、ケーキを作ってくれたり、御父様みたいな方のお嫁さんに将来はなりたいとか。

「だからこそ、俺と似ても似つかんイルミと何故そうなる!?・・・いや、今はそこじゃないな」

そうだ。
今、重要なのは姉弟でそんな関係になってしまったという事だ。
キキョウは何一つ気にすることなく、何故か全力で祝っていたが血が繋がった者同士だ。
それを許すというのも些か問題だと思う。
まあ、暗殺を生業としていて、今更、倫理観がどうとかいうのも確かに可笑しい話だな。
そもそもそれであの二人が納得して、別れるかというとまず、ないな。
特にイルミに関してはそれぐらいで何が問題かと言った挙句に実力行使に出そうだ。

「・・・そうか。俺が引っかかっているのはそもそもイルミと恋人となってが幸せになれるのか否かと言う点だな」
「あら、それは問題ないですわよ。御父様」
「ん?どういうことだ・・・ぬぉ!?!」

ひょっこりと目の前に現れたに動揺する。
自身はさして気にした様子もなく、きょとんと小首を傾げる。

「ええ、私です。御父様にしては珍しく私に気付かれませんでしたがそれほど私とイルミが恋人である事は問題ですか?」

ストレート直球に本題を突いてくる辺り、イルミとこの二人はよく似ていると思った。
これがイルミならばきっと殺気と邪気が渦巻き、今にも飛び掛らんとしてくるという違いがあるが。
色々な事が脳裏に浮かぶが最早、悩む事が無意味と悟り、率直に目の前のに意を決して尋ねた。

「問題がないと言えば嘘になるだろうな。まず、倫理に反することだ」
「それは私どもの存在すら否定する事になると思いますわ」
「まあ、な。しかし、何故イルミなんだ?他にもお前ならば相応の男が居たと思うのだが・・・」

他に居たところで相応しくなければ暗殺していたがなという考えを隠しつつ、問う。
は少しだけ考える素振りを見せたがすぐに顔を上げて、にっこりと咲き誇るような笑みを浮かべた。

「愛した理由など問うこと自体が無意味ですわよ。御父様」

娘としてではない、女の表情に父ながらごくりと唾を飲む。
艶やかなその笑みはまさに魔性を秘めており、我が娘ながら少々恐ろしさを感じる色気があった。
しかし、本人は決してそれに気付いた様子もなくやってのけているのだから尚も恐ろしい。

「始まりも理由もこじつければ幾らでもありますけれど、私にはイルミが永遠に必要だと感じた。ただ、それだけのことです」

瞳を伏せて、頷くの表情はそれが心底本気で言っている事だとわかる。
それと同時にいつの間にか一人の男を愛する程に成長した娘に寂しさも感じる。
何ともいえない感情に少し反論する答えを考えたがそれも諦めた。

「・・・そうか。ならば、俺はもう何も言わん」

きっと、何を言ったところでの中では決めた事。
元々、俺に似て頑固なところがあるのことだ。
決心したからには何を言っても気持ちが変わることはないだろう。
そう思い、告げたのだが不意には少し悲しそうな顔をして、何故か俺の胸に飛び込んできた。

・・・?」
「御父様。感謝してもし切れないぐらいご恩があるというのに親不幸な娘をお許し下さいませ」

の言葉にはっとする。
動揺するあまり気付けて居なかったが元より家族を大切に思う心が人一倍強い子なのだ。
罪悪感がない筈もがない。
全く、不甲斐ない父親だなと俺自身を嘲笑するとの頭に掌を置く。

「お前が親不幸な訳がないだろう。お前が幸せならばそれでいい」
「御父様・・・ありがとうございます。私、やはりこのゾルティック家に生まれて幸せですわ」

今度は陽だまりのような笑みを浮かべて告げるに思わず俺も微笑んだ。
すると、漸くほっとしたのか安堵の表情を浮かべて、俺から離れる。

「ふふ、そう考えると私、大切な人がイルミでよかったかもしれませんわね」
「ん?どういうことだ?」
「だって、他の方ですと結婚したら家を出る事になりますけれど、その心配はまずありませんから」

その言葉に暫く時が止まったかのように思考が止まる。
しかし、凄い衝撃と共に俺は我に返った。
今まで、本当に男の影などなかったものだから考えもしなかったが普通に嫁げばこの家からは離れていくのだ。
俺の心の潤いとも言える娘がこの家からいなくなるのは確かに考えれんばかりか、絶対に嫌だ。
愛娘の一番を取られた事は少々許しがたいがそういう意味では少しイルミに感謝したくもなった。
この家にが居る為ならば多少のことは大目に見ようと結論づくと俺の葛藤はあっさりと解決していった。







「・・・よく父さんが許したよね。俺、間違いなく一度は揉めると思ったんだけど」

御父様からの御許しが出た事をが報告にいくと不思議そうに首を傾げるイルミ。
はイルミの膝の上に座り、その顔を見上げる。

「あら、私はそうは思わなかったわ」
「・・・?どうして?」

やけに自身たっぷりに言い切ったにイルミは目をぱちぱちとさせ、繰り返し瞬きをする。
そんなイルミの手を握りながら猫が甘えるように頭を胸に摺り寄せる。

「だって、御父様。私には甘い所があるから少しお話すれば許して貰えるとは思っていたの」
「・・・・・・」

全く邪気なく、言い切るの言葉にぴたりと動きを止めて、を見つめる。

(姉さんって・・・・時折、天然で小悪魔だな・・・父さんがほんの少し可哀想に思えた)

自身の姉及び恋人の魔性に感心すると同時に恐ろしさを覚える。
この場に居ない父を少々哀れんだがそれも束の間。
腕の中にいるを抱き占めて、幸福の時間へとイルミも溺れていった。