ただ、寄り添い合い眠る事がどれほど幸せなのかと朝、目が覚めて実感させられる。
隣にある温もりと静かに上下する胸、吐息、彼の表情が私をこんなにも満たす。
顔に掛かった髪を払ってあげようと手を伸ばすと何時からか目を覚ましていたであろう彼に優しく囚われた。

「おはよう。姉さん」
「おはよう。イルミ」

嗚呼、幸せな温もりが朝日と共に降り注ぐ。






ブザム・カレッサー 21








「姉さん。髪、乾いたよ」

あのまま昨夜は寝てしまった為、二人でお風呂に入った後、互いに髪を乾かし合う。
髪の長さは大して変わらないけれども、イルミは意外にもこういう作業が下手で時間が昔から私よりも掛かってしまう。
少し遅れて乾き終わった髪を最後に撫で、指先が優しく私の頬を撫でる。
くすぐったさから少し身を捩じらせつつ、ありがとう、と告げて、頬に触れた指先を捉えて、手を握った。
手を引いて歩き出すとクローゼットの前にイルミを立たせる。

「イルミ。服はどれがいい?」
「今日はこのタイトなマーメイドドレスがいいんじゃない?」

大量の服が並ぶクローゼットの中からロイヤルブルーのマーメイドドレスを慣れた手つきで取り出すと私に合わせて頷くイルミ。
どうやら御気に召したらしい。

「じゃあ、それにするわ。着せてくれる?」

以前なら言わない私の言葉に表情は変えないものの少し驚いたように小首を傾げる。
まるで子リスみたいな仕草が愛らしい。

「・・・今日は姉さんの方が甘えん坊だね」

そう言いながらも少し嬉しそうなのは私の気のせいではないと思う。
自身の髪を手で上に纏め上げて、背中のファスナーを上げるイルミの手伝う。
ファスナーが上がりきると纏め上げていた髪を離し、頭を左右に振ると癖のない髪が背に広がる。

「少し、浮かれているのかも。それに好きな人に甘えたいのは当然じゃないかしら?それとも、こんな私は嫌い?」

全身を鏡で確認しながら鏡越しにドレスの裾を整えるイルミに尋ねた。
裾を直し終えたイルミが近寄ってきて、後ろから腰に両腕を回し、抱き締めると肩口に顔を埋める。

「ううん。寧ろ、もっと俺に甘えてよ」
「ええ、これからは幾らでも」

腰に回された手に触れてそう微笑むと満足そうにイルミも微笑みを浮かべた。
こんな表情を知るのが自分自身だけかと思うと愉悦な気分になる。
誰にも見せずに隠しておきたい位、愛しい宝物だ。
そんな風に幸せを噛み締めているとふと私はある事を思い出す。

「あら、そういえばクロロ達に謝らないといけないの忘れていたわ」

イルミの事で感情的になり、完全に我を忘れていたとはいえ、あまりに盛大過ぎる八つ当たりをしてしまった、
あれを八つ当たりと済ませてしまう辺り、私もキキョウ御母様にそっくりだわ、と心底感じ入る。
そこに罪悪感がない辺り、すっかり身も心もゾルティックというものに染まってしまったものだ。
さて、どう謝罪すべきかと考えていると、ふと鏡に映っているイルミと鏡越しに視線が合う。
その表情はこれでもかという位、露骨に眉間に皺を寄せていた。

「・・・何で、クロロが出てくるの?」

子供じみた嫉妬を隠す事なく、声色にまでその不機嫌さは出ていた。
他の旅団員の話をする時も不機嫌にはなるがイルミはクロロが嫌いなのだろうかと思うぐらい、クロロに対して異常に厳しい気がする。
私の勘違い・・・ではないのだと思うのだけれど。
振り返ってイルミに向き直り、両頬を両手で包み込み、幼子をあやすように触れる。

「昨夜、偶々私が殺し狂ってた時に遭遇しで盛大に八つ当たりをしてしまったの。
気が立ってたとはいえ、やはり謝らない訳にはいかないでしょ?大切な友人たちですもの」
「・・・本当にただの友人?」
「・・・えっとそれ以外に何かあるの?」

やたらと突っ込んでくるイルミに疑問符を浮かべながら首を傾げる。
友人という言葉以外に私とクロロの関係を表す言葉は正直思い浮かばない。
そんな私の様子を見て、イルミの表情から次第に不機嫌さは消えるがどこか哀れみを帯びた表情になる。

「いや・・・ならいいや」
「・・・?そう?」

納得したならまあ、いいかと思いながらクロロに連絡を取ろうと携帯を取り出す。
指先は電話をしようと動くが途中でそれをやめて、メールを手早く作成する。
簡単な謝罪と近況、それと今度また日を改めて、謝りに行きます、とだけ添えて。
送信完了の画面を見ると携帯をさっさと直す。

「あれ?電話じゃなくていいの?」
「うん、最初はそうしようかしらと思ったんだけれど、また日を改めて直接会いに行くから。
それより、折角、こんないい天気の日に早く起きたんだから薔薇園でイルミと朝食を食べる方が優先だわ」

無邪気に提案を兼ねてそう言うとイルミは至極嬉しそうに近寄ってきて、私の手を取り、指を絡ませた。

「じゃあ、誰かに用意させて、ゆっくり過ごそうか」
「ええ。あ、紅茶はヌワラエリヤ、スコーンにローズジャムにクロテッドクリームを添えてね」
「了解。俺はマーマレードにしようかな」
「あら、それもいいわね。私も少しもらおうかしら!」

クロロ達の事をすっかりもう記憶の彼方にやって、今日の朝食について提案する。
想像をするとどれも美味しそうだなと心躍らせているとしみじみとした声でイルミが呟く。

「姉さん、甘いものになるとテンション高いよね。・・・可愛いけど」
「え?何?」

最後の方が聞き取れずに聞き返すとイルミは首を左右に振って、手を握り直した。

「ううん。なんでもない。ほら、いくよ」
「・・・ふふ、はいはい」

足取りがやけに軽やかなイルミも大概テンションが高い。
他の人から見ればいつもと変わらないのだろうけれど、私はそんなイルミを見て上機嫌に顔を綻ばせた。
誰にも渡さない、私だけの大切な宝物をもう離すまいと絡めた指先に誓いながら。





そんなとイルミとは逆に猛烈に落ち込む男が居た事を二人は知らない。

「いや・・・分かってはいたからいい。姉弟とはいえ、ゾルティック家だからな。何が起きてもおかしくない」
「団長。とりあえず元気出しなって」

シャルナークが見かねて声をかけるが団長ことクロロはその場に突っ伏したままぶつぶつと独り言を繰り返している。
他の団員もその様子を見ながら口々に言う。

「まあ、好きだった女に恋人できるわ。ただの、ただの友人としてしか認識されてないなんて殺されかけたのに割に合わないよなぁ」
「団長に魅力がなかっただけネ」
「・・・いや、身も蓋もねぇーな」
「でも、実際そいうことじゃないの?まあ、はとびっきり鈍感な方だけど」
「大体、そのに押し負けてた時点で無理でしょ?」

好き勝手に言う面々に突っ伏していたクロロも身を起こして怒声を上げる。

「お前ら好き勝手言うなら何処かに行け!・・・はぁ、でも、諦めたくないんだがなー・・・」
「未練がましいと嫌われると思うよ?団長」

シズクの一言についに撃沈した今回の犠牲者のクロロであった。