私に光は要らない。
闇にこの身が堕ちようとも、あの子が幸せであるなら構わない。
ただ、それだけを願って私は幾千、幾億の時をどれだけ重ねてきたのだろう。
何も知らない頃の自身を思い出す事は前へ進み続けるよりも、もう難しい。
だから、決して振り返らず、私は前だけを見て進み続けよう。
君の笑顔がある未来を信じて。







Desire 14









「よぉ!盲目の親衛隊長殿!」

意気揚々と現れたその名の花の様に鮮烈な男に一瞬、眩暈を覚える。
実際にこの両の目で見ていたならばあの死霊使いの気持ちが寸分違わぬ形で味わえたかもしれない。
私は目を覆う漆黒の絹を縛り直す。

「全くその能天気さには参るなぁ。大体、港まで出てきてよかったのか?ピオニー」
「大役を任せた奴の旅立ちを見送る方が優先だろ?」

太陽のような眩しい笑顔。
その下に切望された願いの色を黒絹越しに感じては静かに微笑む。

「そうかそうか。まあ、泥舟に乗ったつもりで待っていろ」
「泥部だろうが何だろうが、聖女の加護があるならなんら問題なさそうだ」
「本当に口の回る奴だな。だが、私も失敗はしないさ」

この世界は最後の世界。
薄々気付いてたとはいえ、正直、この心を苛むプレッシャーは尋常じゃない。
それではも私はやり遂げるのだ。
やり遂げなければ私が世界を巡り、幾度も絶望してきた事は無意味だったという事になるのだから。
例え、私がこの世界から消え失せる結果になろうとも私は迷いはしない。

「ではな。ピオニー。また数ヶ月後に」
「俺が言う筋でもないが死ぬなよ。

その見透かしたかのような言葉に一瞬、心臓が一際跳ねた。
だが、私は平静を装い、片手をひらひらと振って船に乗り込むと私はマルクトを後にした。







◆   ◆   ◆







船旅を続けて、暫くの後、私はエンゲーブ近くへと降り立った。

「さて、まずはチーグルの森か・・・」

ぼそりと変声機を弄りながら呟く。
思い描くは久々の仲間達の顔。
彼らにとって初めてでも、自分にとっては幾千目かの出会い。
それでも愛おしく感じるこの瞬間についつい笑みを浮かべてしまうのはいけないことなのだろうか。
だが、そう悠長な事も言っていられないな、と私は駆け出した。
森の中に入るとそこは様々な魔物の巣窟。
魔物にとっては絶好の餌場であり、生きやすい環境なのだろう。

「かと言って絡まれるのは好みではないんだがなぁ・・・」

簡略した譜術を唱えては放ち、走りながら掃討するが次から次へと沸きあがる。
だが、それも暫くするとどうやら彼らが通ったであろう道へと辿り着いた。
それを更に駆けると森深い洞窟のその置くに木の根に取り巻かれた開けた空間へと出た。
そこには既に死霊使い―ジェィド・カーティスの姿があり、慌てて、ライガ・クイーンの前へと躍り出た。
驚き面々が動きを止めるも突然の事に斬りかかろうとしていた赤髪の少年が止まり切れずに剣を振り下ろす。

「危ねぇっ!?」

次の瞬間、聞こえたのは肉を裂く音ではなく、剣を弾く金属音であった。
そして、剣を弾かれた赤髪の少年はそのまま反動で地面へと座り込んだ。

「っっ!何すんだよ!?いきなり飛び出してくるしっ!」
「貴方は・・・?」

痛みを訴える声と驚き怪訝そうな声が同時に響くが特に気にせずライガ・クイーンへと向き直る。
ライガ・クイーンは未だに落ち着かず、興奮状態であったが私は恐れず一歩前へと出てその身に触れた。
美しくも気高い魔物の長たる彼女の毛並みは絹の様な滑らかさだった。

(ライガの長よ。どうか怒りを静めて欲しい。私の名は。嘗て貴女の人の子と共に貴女に会った者)

触れたその先から思念を伝えるように念じる。
私が世界を巡る内に得た人為らざる力の一つだった。
ライガ・クイーンは唸り声を止め、私を凝視する。
そして、一呼吸置いて私に伝えてきた。

(・・・アリエッタが連れてきた人の子の仲間か。何故、私の子に害為す者達を庇い立てる?)
(それはこれ以上相対すれば貴女の未来も終焉を向かえるであろうから。それはきっとアリエッタも望まぬ筈。
どうか女王よ。彼らの事を赦し、私の願いを聞き届けてくれまいか?貴女を私は守りたいのです)

切にそう願う私をライガ・クイーンはその双眸で射抜く。

(・・・・人の子よ。その身で我らを如何に守るという?その事に何の価値があるという?)
(貴女にとって、生まれてくる子にとって最良の場所へと案内します。
そこならば人に干渉されることなく穏やかに暮らせる。守ろうとする理由はアリエッタを悲しませたくないではいけませんか?)

私はそう伝えて微笑むとライガ・クイーンの雰囲気がゆっくりと穏やかになっていった。

(人の子よ。そなたに全てを任せよ。お前はアリエッタが信じたる者故に此度は聞き入れる。だが、此度だけだ)
(ありがとう。貴女の全てに感謝する)

話が纏まった事にほっと息を吐くと私は放置していた彼らに向かって告げた。

「争う必要はなくなったライガ達はこの地より離れる」
「なんで、そんな事が分かるんだよ!?大体、いきなり出てきて一体・・・」

ルークの怒りと困惑の入り混じった声を遮り、鋭い声が飛んできた。

「―何故、貴女がこちらにいるのですか?」

紅い譜眼の瞳が怪訝そうに告げる。
審議を問いただす彼の瞳は彼が使う武器と同じ槍のように鋭い。
私はどうにもこのジェイドには嫌われているらしくいつもこのようになる事が多いのでもはや慣れたものだ。
まあ、大体私はこの上なく唐突にマルクトに現れ、ピオニーの側近になったのだから当たり前であろう。
出自の判らない者が何を持って取り入ったのかが気になるのだろうな。
隠した瞳の奥でそう思いながらジェイドに向き直った。

「主よりの命以外に理由はない。導師、貴方の望みもライガがこの地より離れればかまわないですね?」

ばっさりと一言でジェイドを片付けると導師に向かってそう投げかける。
導師も少々困惑した様子だったが頷いた。

「あの、貴女はライガ達と話を・・・・?」
「・・・奇異に思うでしょうがそうです。この地とは別の人里と離れた場所へ移動を願いました」
「そう、ですか。ありがとうございます。えっと・・・・」

名を促すような間に私は淡々と答えた。

です。詳しい説明は後に。私はライガを、ジェイドは彼らを。ではな」
「っ!待ちなさい!」

制止の声が聞こえたがあえて無視をしてライガ達を連れて移動をし始めた。
背によく分からぬまま残されたルークが何やら叫ぶ声を聞きながら。