望むべく未来を手に入れる為ならばこの身を幾度も捧げよう。
そう、誓って幾度も巡ってきたのだ。

(事は上手く進んだ。後は・・・私が壇上に上がるだけだ。それで役者は揃う)

迷いなど何もないとは意を決して外へ向かった。
これから歩む道が平坦な道でない事を知りながらも。






Desire 13







「まるで予見していたかの様に貴女は自ら死刑台に上がるのですね」
「・・・私が上がるのは死刑台ではないよ。ヴァン・グランツ。
私が上がるのは栄光への舞台だ。この先に待受けるは幸福。そう信じて私は来たのだよ」

自身の最大の敵に向かって皮肉を込めて告げればヴァンは声を上げて笑った。
実に愉快そうに、そして、自分の敵として相応しいと告げるかの様に。

「貴女は本当に面白い人だ。まるで神の様に全てを知り得て状況を見定めている」
「神なんて恐れ多いものじゃない。私は神の様に傍観はしない。
神は何も求めず何もせずただ見守るだけの存在だ。私は違う。私には願うものがある」
「ほぅ?それは一体なんですかな?」

興味深くそう聞いてきたヴァンには強気な表情を浮かべた。

「私がお前にそれを教えるとでも?お前も気付いているだろう?私は、お前が大嫌いなんだよ」
「そうでしょうね。私も計画の邪魔をする貴女が嫌いですから。
ですが、貴女の稀少たる未知たる力役立てては下さいませんか?シンクと共に」
「ははっ!笑わせるな。私とお前では道が違う。
・・・そう、だから、私達のその問いも語らいも無意味なんだ」

自分の愛刀を抜き、構えるを見てヴァンも剣を抜いた。
決して相容れぬと決別を意味したその瞬間、二人の表情から笑みが消えた。
そして、言葉も消え去り、次の瞬間には剣が混じり合っていた。
息を殺し、己を殺し、全てを殺し、ただ、相手の抹殺だけを宿して交わる刀身。
月光に煌く、それは銀色の蝶の様に艶やかで儚い。
一歩も引かぬ両者の剣技は平行線を辿った。
だが、その時、深緑がこの舞台に上がり込んだ。
それを見たは誰にも気付かれぬ様にほんの一瞬、小さく笑った。

「シンク!!来るなっ!!」

シンクに気が取られた様に視線を逸らしてその一瞬を突いてきたヴァンに右肩から胸に掛けて斬られる。
鮮血が夜空に舞い、劈く悲鳴が当たりに轟いた。

っ!!」

舞い散る真紅の花弁は地に飛び散り花を咲かす。
はよろめきながら数歩後退した。
その更に背後には何もない空虚な闇だけがあった。
一歩下がれば奈落へと落ちるその間際でヴァンに喉元に剣を当てられる。

「貴女は大切な者を作り過ぎたようですな」
「作り過ぎてなんかいないさ・・・大切な者は少ない方がいいなんて法はないんだからな」

荒い呼吸で片手で愛刀を構えるは不敵な笑みを消さない。
その間にも止め処なく溢れ滴り落ちる紅い雫は血溜まりとなり小さな円を描いていく。
意識が失われていく血と共に霞むが傷口を指で刺激する事で辛うじて保つ。

っ!!」
「来るなと言った筈だ。シンク!」
「!?」

強くそう言われるのは初めての事でシンクは身を強張らせた。
何かに縛られる様に固まったシンクには穏やかに微笑んでみせた。

「シンク。お前は何者にも縛られるな。お前の為に、お前の為だけに生きろ」
「何を、最期みたいな事を言って・・・」
「私が、たった一つお前に望むのはそれだけの事なのだから」

反論しようとするシンクにただ微笑み続ける
その姿にシンクは一抹の不安を抱く。

はもしかして・・・・)

確証はない。
だけど、そうとしか考えられないと思うとシンクは駆け出した。
がまるで死へ向かおうとしている気がしてならなくて。
横目でヴァンはそれを見て小さく笑い、に視線を再び向ける。

「別れは済んだか?」
「ああ。だが、私はお前にくれてやる命はない。最後に教えてやろう。
お前の願いは破壊でしかない。無から有は生まれない。だから、私はお前との勝負に負けるつもりはない」
「何・・・?」
「さようなら―――ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ」

鮮やかな華の微笑を称えてそう小さく紡ぐと
ヴァンの剣の切っ先が喉を貫く直前は地を蹴り、後方へと飛んだ。
漆黒の聖女の所以の艶やかな黒絹の髪が闇に溶けて空を舞い、そして、蒼いその瞳が蝶の様に瞬いた。

っっ!!」

シンクが叫びながらに手を伸ばしたが決してそれは届かず空を切る。
ヴァンも飛び降りたに目を見張り、固まっていた。
最期に浮かべられたの微笑はまるでこうなる事を予見していた様な不敵な笑みだった。

(気のせい・・・か?)

そう思いたかったがあれはもっと別の意味を持っていた気がしてならなかった。
そんなヴァンの隣でシンクは茫然自失で座りつくした。
後悔と自責の念だけがシンク自身を襲う。

を守る為に強くなったのに。また、僕は守られて・・・そして、大切な彼女を失くした)

仮面をつけたまま流れ落ちる雫に気付く事もなく、ただ、を想うシンク。
そんなシンクを一瞥し、ヴァンは立ち去ろうとする。
ヴァンのその態度はシンクの中に芽生えた絶望に近い悲しみを
壮絶な怒りへと変化させ、立ち上がるとヴァンに向かって殺気を投げた。

「ヴァァアンッ!!!」

咆哮を上げて繰り出された蹴りはヴァンの右腕に呆気なくと止められる。
驚く間もなくヴァンはそのままシンクの足を取り地に打ちつけた。

「かっ、は・・っ!!」

肺が衝撃により圧迫されて呼吸が苦しくなる。
シンクのその姿を嘲笑しながらヴァンは言った。

を守り切れなかったお前の腕などその程度。私には一切傷などつけれん」

そう言って立ち去るヴァンを睨みつけ、まだ、苦しい身体を引きずって立ち上がろうとする。
だが、力が入らずシンクはその場に崩れ落ちた。
ヴァンはそれを気に留めず、最後のの笑みの意味を知るべく、彼女の部屋へと向かうのだった。
残されたシンクは動く事もままならず流れ落ちる雫と共に地面を叩いた。

「くそっ!!くそっ!!くそぉおお!!」

決して聞かれぬその咆哮は虚空に消えてただ彼には悲しみと絶望だけが残った。