冥界へ戻ったラダマンティスはすぐさま事の次第をパンドラに報告しに向かった。
パンドラはすぐさま尋ねてきたラダマンティスを部屋へ招き入れたが
謁見の間に己と共に来るよう述べるとそのまま歩み出してしまった。
一体何事であろうかと思いながらその後に続き向かった謁見の間には冥界三巨頭の残り二人の姿もあった。
そして、その更に奥にある玉座にはハーデスではなく、
一人の少女が座っており、隣にハーデスが控えると異様な光景が広がっていた。






GARNET MOON

第四十話 創始神へ集いし冥闘士







「ラダマンティス。ご苦労であった」

先に謁見の間に来ていたミーノスとアイアコスの間まで辿り着くと
少女の隣にいるハーデスを見やりながら膝を折り短く返事を返す。
両側に居る二人に視線であの少女は何なのかと尋ねるが二人も当惑した様子で何も語らなかった。
だが、その答えはすぐさまハーデスの口から語られた。

「お前達冥界三巨頭を呼んだのは他でもない。この玉座に在らせられる御方について話そうと思ってな。
最も私はその必要性を考えていなかったが話しておくのが筋だと言われてしまえばそう頷くしかなかったのだ」
「ハーデス、一人で何もかも抱え込むのは悪い癖だと昔も行った筈だけれど?」
「それは失礼しました」

自身達の主が称えるその少女は一体何者なのだと益々疑問が深まる中、その少女はついに口を開いた。
それはその外見相応の口調でありながら
身の内から溢れる小宇宙は何者ですら冒す事が許されぬ神聖なるものであった。
思わず三方は息を呑む。

「初めまして。ハーデスより話は聞いています。左からアイアコス、ラダマンティス、ミーノスですね?」
「「「は、はっ!」」」

何故、年端もいかぬ少女の小宇宙に圧されているのだと自問自答するが誰も答えは出なかった。
しかし、次に述べられた言葉に三方は思わず顔を上げた。

「私は創始神である女神ガイア。とある事情によりこの冥界に滞在しています。
今の名はと言うのでそう呼んで下さい。皆さんには滞在している旨を伝えるべきだと判断したので今この場を設けました」
「創始神である女神ガイアは言わば全ての神の頂点であり、全ての生命の源と言える存在。
神としての肉体はもう無いが身に宿る力は全ての神を凌駕する。それがガイアという偉大な存在だ」
「私はその様な大した存在じゃないのだと思うのだけれど・・・」

苦笑を浮かべて告げるそれにハーデスが呆れた様に「そう考えているのは貴女だけだ」と述べた。
だが、説明を受けている三巨頭達は自分達の想像の域を遙かに超えた存在を目の当たりにしてただ呆然とした。
納得出来ないかと言われればむしろその神聖なる小宇宙の理由にもなり、合点がいく。
思考がただ現実に追いつかないだけなのだ。

「で、ここから本題だ。創始神たるガイアの御身。
護る為に我らは平和に甘んじる事無く、外部からの進入を警戒しなければならぬ」
「その為に私は冥闘士の方々の力を御借りしたい。しかし、それにはまず私の正体を知って頂いた上でと思ったんです」
「用件は理解出来ました。ですが、創始神たるガイア様が懸念する事とは一体なんなのでしょうか?」

一番冷静を保っていたミーノスが恐る恐る尋ねた。
それに対しハーデスが何かを告げようとしたがそれを遮る様に自身が語った。

「・・・天上に住まう神々。特に主神たるゼウスの存在です」
「ゼウス!?」
「そうです。私とゼウスは神話の時代より幾度か争いを繰り返してきました。
そして、私が神の肉体を失った後もその争いは尾を引いて残ってしまった」

悲痛な表情でそれを語るの姿は悲しみの一言では言い表せぬ感情があった。
ハーデスもその想いを理解し、とって変わり事の次第を説明した。

「ゼウスは自身の地位が揺らぐ事を恐れて幾度と無くガイアの転生体を抹消してきた。
その中には何故殺されるのかすら知らぬ未覚醒の者も居たのだ。ガイアはそれに言い知れぬ怒りと悲しみを抱かれた」
「私が死んで終わりならそれでも構わない。
しかし、この時代で決着を付けなければ幾度と無く、覚醒せぬ罪無き者達が殺される事となる」
「それが故にゼウスと戦うおつもりなのですか・・・?」

ガイアが創始神であっても神としての肉体を持つゼウスの力は強大である。
更にゼウスは自分を主神として他に幾人もの神を配下に付けている。
それら全てを破り、ゼウスを倒す事はどんな者ですら難しい事。
勿論、もそれは重々理解していた。
だが、それでもやらねばならぬ故には力強く頷いた。

「それでも、私は戦わないといけない。実を言うと全く策がない訳でもないし・・・
それに貴方達は知っている筈です。人が起す奇跡の力を。私は完全な身でないながらも人と神の力を持つ」
「なればこそ打ち勝てるやもしれぬ。そう私も考えている。だからこそ、私はガイアをこの冥界に導いた」

想像を絶する戦いがこんなにも間近に迫っているとは思わなかった三巨頭は再び沈黙するがそれも束の間であった。
何故ならば元より一度果てた身。
ならば今更何を恐れようか?
三方は同じくそう思うと立ち上がり、こう告げた。

「今更何も恐れる事はありません。一度滅びた身。ハーデス様に拾われた命ならば御意向に従い、果てるまで」
「それこそ冥闘士に選ばれた我らの誇り。天上の神々の傲慢を打ち砕きましょう」
「創始神ガイア・・・いえ、様。貴女の愁いを晴らすべく我らも共に聖戦へ」

嘗て恐怖で支配していた冥界とは違うその形に治めるハーデスですら目を丸くして驚く。
その様子にはくすりと笑うとハーデスに告げた。

「ハーデス。やはり人を甘く見すぎている。
人は神と違い元来の力がないからこそ意志の強さによる奇跡を起し、神を凌駕する」
「だからこそ、神よりも強い、か。やはりガイアには叶わぬな。
・・・皆、よく言ってくれたそれでこそ私が誇る冥闘士よ。ガイアに恥じぬ様に聖戦を勝ち抜くが良い」

闘志の宿ったその瞳に新たな未来を予感させ、再びガイアであるは希望の光を見た。
しかし、そんな中、刻々と天上の神々の謀略も動き出そうとしていた。

「ガイアめ。ハーデスを味方につけるとは・・・だが、その余裕も後少しよ」