様。ハーデス様より言付かって参りましたが
どうやら地上のアテナの聖闘士達が貴女様の行方を御捜しになっている様です」

パンドラの言葉に微かに表情を曇らせる
自身がそうしたが為に沢山の迷惑を掛けているのではないかと良心が苛まれたからだ。
だが、それでもしなければならない事が冥界にある。
それを終えるまではまだ戻れないと強く決意しているはパンドラに向き直った。

「そっか。でも、私はまだ戻れない。パンドラ。誰か使者を出してもらるかな。地上へ」
「判りました。では、ラダマンティスに頼みましょう」
「ありがとう。伝える事は無事である事のみ。詳しい事情は漏らさぬ様に」
「心得ました」

それだけを告げて部屋を後にしたパンドラを見送った後、は深い溜息を吐いた。
その溜息の意味は懺悔か後悔かはたまた・・・






GARNET MOON

第三十九話 冥界よりの使者







「見つかる所か目撃情報すらないですね・・・」

ムウがシオンと共に捜索の報告書を読んで溜息を吐く。
居所を突き止める事が出来ずとも目撃情報位は出てくるだろうと高を括っていたが甘かった。
だが、しかし、これ以上如何にして一人の人間を探す事が出来よう。

「これ以上続けても結果は同じかもしれぬな」
「何言ってんだよ!?」

シオンがぽつりと呟いた苦々しい言葉にカノンが壁を横叩き、物凄い剣幕で迫った。
それを慌ててアイオロスが抑えた。
それでも勢いは止まらずじりじりとアイオロスごと前に進むカノン。

「カノンっ!!落ち着け!!」
「アイオロス!離せっ!!今、教皇はを諦めるみたいな言い方をしたんだぞ!?」
「落ち着いてください!カノン!!騒いだ所での居場所が判る筈もないのですから!」

ムウも間に入り、カノンを宥め出すが一向に収まらない中、その男の声は響いた。
嘲笑を含めた淡々として憮然たる声に皆がその声の方へと視線をやる。

「聖域も落ちぶれたものだな。こうも簡単に教皇宮に進入出来るとは・・・」
「お前は・・・!?」

声の発したその主は予想外の人物でそこに居た面々が皆、目を見開いた。
漆黒に輝く冥衣を纏い、悠然と現れたのは冥界三巨頭のラダマンティスであった。
地上と冥界との盟約が結ばれている今、地上にいる事は何も不可解な事ではない。
ただ、場所が場所である為に面々からは微かな緊張の色が伺える。
当の本人はと言うとその視線など大した物ではないと素知らぬ顔だ。

「一体何をしに来た?ラダマンティス。今、貴様に構っている暇は・・・」
「ふん、その事について使者として参ったというのにか?」
「何、だと?」

述べられた言葉に戦慄が走る。
まさかここに来て冥界がの失踪に関与しているとは予測などついている筈もなかったからだ。
は口伝てでしかあの聖戦を知らない。
勿論、冥界側もの存在については認知していないだろうと皆が思っていた。
しかし、それはラダマンティスとて同じなのであろう。
パンドラの命により聖域に出向いたものの状況が理解出来ている訳ではなかった。
ただ、聖域の聖闘士達の様子を見る限り、聖域に属する人間である事が推測された。
が、結局、肝心な事は判らない。
ハーデスの口から語られない為に。
だが、これから何かが起こるそれだけはラダマンティスにも判っていた。

「取り敢えず取り急ぎアテナへの目通りを。急を要するのでな」
「それだけで首を縦に振れると思うているのか?」

警戒を示す黄金聖闘士達の姿を見てラダマンティスは心根までは腐っていまいかと納得する。
だが、命が命である。
早急にアテナに言付けを伝え、帰還しろと言われている。
実力行使しかないかと思い至った時、沙織はその姿を露にした。

「皆、下がりなさい。如何なる理由があろうとも戦う事は許しません」
「アテナ!?」

沙織の言葉に皆が反論を返そうとしたがその気迫に皆口を噤む。
そして、ラダマンティスの前にゆっくりと足を進めると沙織は再び口を開いた。
が居ない今、不安はあれど女神として立つその姿は十二歳の少女とは思えぬものがあった。

「ラダマンティス。使者としてようこそ御越し下さいました。ハーデスの用件とは如何なる事なのでしょうか?」
「流石は女神。話が早くて助かります。ハーデス様もといパンドラ様より言付けを」
「その言付けとは?」

静かに問うとラダマンティスは顔を上げて静かに告げた。

「嘗て射手座の黄金聖闘士であったという少女は冥界にて手厚く保護しているとの事。
よって、地上で案ずる事なかれ。時が経てば再び地上に戻られたり。ただ、その言葉だけを承って参りました」

捜し求めていた人物が冥界に居る。
その言葉に皆が続く言葉を発せずに居た。
だが、言われてみればそれが一番納得出来る情報である。
これだけ地上を探しても居ないのならば地上とは別の次元にいるそれが最も納得し得る。
しかし、判らぬのはそこに何故が居るかという理由である。

「用件は判りました。しかし、何故彼女が冥界に?」
「それは判りかねます。ただ、パンドラ様はこれを持って行く様に申されていました」

そう言ってラダマンティスが懐から出したのは一通の手紙。
沙織は一体何かと思いながらそれを開き、手紙に目を通す。
そこには確かにの直筆の文字があり、更には驚くべき内容が記されていた。
が為そうとしている事の詳細が更にそれを誰にも述べる事のない様にとの言葉も。
全てを読み終えた沙織はの心の内を理解してその手紙をそっと抱いた。
自分ともし出逢わなければ自身が女神として覚醒する事もなかったやもしれない。
ただ、そう思えてならなかったのだ。

「そう、ですか。判りました。ラダマンティス。ハーデスに全てを了承したと御伝え下さい」
「・・・御意。それでは、私はこれにて」

ラダマンティスはそれだけを述べるとその場から姿を消した。
残された面々は沙織を除いて状況を理解し得ぬままである。
無言を貫く沙織に教皇であるシオンが皆の心を代弁する様にそっと語りかけた。

「アテナ・・・一体、何がその手紙に?」
「シオン、御姉様は間違いなく自分の意思で冥界に向かわれたのです。
ただ、私が言える事はそれだけなのです。これは私と御姉様との違う事を許されない約束です」
「しかし・・・」

それでは納得せぬ者達が居るそれを告げようとしたシオンの言葉は沙織の強い意志の宿る瞳と言葉に遮られた。

「異論は認めません。御姉様の御意思を尊重し、この時より正式な射手座の黄金聖闘士を再びアイオロスとします」

沙織はそれだけを述べるとその場を後にした。
残された者達はただ、納得も出来ず、女神である沙織の言葉に背く事も出来ず、行き場の無い思いを胸に立ち尽すばかりであった。