布陣が完了したと言う知らせが義姫及び松永軍全体に伝わった。
私の耳にもそれは届いたがもう、何も惑う事も、迷う事もなかった。
これは、私の全てを懸けた戦い。
「私は、絶対に屈しない」
真っ直ぐな意志は全てを砕く矢となり、槍となる事を信じて私は立ち上がった。
龍を繋ぐは朱骨の楔
第二十二夜 飛翔する龍
「卿はまだ行かぬのかね?」
「・・・もう行きますよ。貴方に言われずとも」
「そうか。では、私は見なかった事にしよう。
卿は目を離した隙に居なくなった、それが事実となる」
目の前の男は本当に何を考えているのか私には理解出来なかった。
苦しめたかと思えば、優しくして愛していると呟く。
矛盾した感情を交互にぶつけて、私に求めるていたのか。
もう、離れれば知る由はない。
これは推測だがそれがこの男の歪な愛情表現だったのかもしれない。
自意識過剰かもしれないけれど、そう思い至ると一度足を止めて松永に向かって言葉を投げ掛けた。
何故、声を掛けようと思ったのかは自分自身でも正直、判らない。
何となく掛けなければならない気がしたのだ。
「貴方の事、好きにはなれませんでしたが貴方の奏でる音色は、好きでしたよ」
「!・・・そうか。それは何よりだ」
「・・・それでは、次に見えるはその命を貰う時です」
珍しく、柔らかく微笑み瞳を伏せた松永に背を向けると私は駆け出した。
その頃、伊達本陣では龍と鬼が言い争っていた。
「真田幸村!!てめぇ、本気で言ってのか!?」
「政宗様!!落ち着いて下さいませ!!」
「が松永とあのババァの手に落ちたんだぞ!?これが落ち着いてられるか!!」
政宗は激昂し、今にも幸村を斬り捨ててしまいそうな勢い。
それを小十郎が必死に止めるがそれも何時まで続くか不安なほどの勢いだ。
当の幸村は地に頭をつけんばかりに土下座をして、許しを乞うていた。
「政宗殿の言う事は最もでござる!何も出来ず某は呆気ない程、簡単に殿を攫われてしまった」
「旦那!あれは、俺のせいだって!
俺がさっさと義姫を殺してればこんな事には・・・伊達の旦那も斬るなら俺を!」
両者共に言い争っていると怒声が幸村達の後ろから飛んできた。
「いい加減にせんか!!斬る斬らんより今は目の前の戦であろうが!!」
「御館様・・・」
「そうです。今はこの戦に勝たねば様を取り返す事も出来ないでしょう!」
「小十郎・・・ああ、わかったよ」
信玄と小十郎の一言に双方が渋々ながら納得すると漸く軍儀が始まった。
それでも、幸村の心は晴れぬままであった。
囚われたが如何な日々を過ごしているのかも探る事が出来ず、生死すら判らぬ状況。
迷いは戦場で命取りになる事は理解しているがそれでも割り切る事など今の幸村には出来なかった。
(守ると強く誓っても俺は、何も出来ていないではないか!俺が、もっと・・・もっと・・・!!)
後悔の念に握り締める拳から血が滴り落ちる。
食い込む爪の痛みなど今の幸村には心の痛みの前では何でもなかった。
(殿、どうか、無事で・・・!)
祈る以外何も出来ぬ己に幸村は歯を噛み締めていた。
そんな折だった。
何処からか馬を走らせる音が地鳴りとなって森から聞こえてきたのは。
微かなその音に気付いた幸村は同じく気付いたらしい佐助と顔を見合わせる。
「おい?幸村、どうした?」
「馬を・・・馬を走らせる音が此方に向かってきている様なのです」
「馬・・・?」
立ち上がった幸村に怪訝そうに眉を顰めると政宗は幸村が目を向ける方向へと視線をやった。
その時だった。
一際、高く馬の鳴き声が響き、木々を掻き分けて飛び出してきたのである。
背に乗っていたのは漆黒の髪を風に揺らせて、微かな血を付着させた女人。
「・・・殿・・・?」
「幸村殿・・・?」
見紛う筈もない。
紅蓮の鬼が求めて止まなかった美しき龍の姿だった。
空舞い、鮮やかな着物を踊らせるその姿に幸村達は魅入った。
まるで天から舞い降りた天女の様な美しさ。
彼女の輝きは以前にも増していたのだ。
それは彼女が纏う悲愴感やそう言った類の闇が消え去っていたからに違いなかった。
だが、それよりも幸村は一目散に馬から降りてきたへと駆けて行った。
焦がれ、求めたその姿をしかと間近で瞳に焼き付けん、と。
「殿!!」
「幸村殿!ご心配、お掛けしました・・・」
力強く回された腕を受け入れて幸村の背に腕を回すとは静かに微笑んだ。
政宗達もその笑顔に我に返り、駆け寄ってきた。
「殿!本当に本当に無事で良かった・・・殿、殿、・・・イダッ!?」
唐突に幸村が驚きと痛みを訴える声を上げる。
一体、何事だと思い、が顔を上げると
政宗が幸村の頭を鷲掴みにして思いっきり力を込めつつ、引き離そうと引っ張っていた。
顔は笑みを作っているがどう見ても目が笑っていない。
「真田幸村・・・てめぇはこの俺の前でに抱擁とはいい度胸だなぁ・・・!」
「いだぃ!?いだいです!!政宗殿っ・・!」
「その割りにを抱き締める腕は離さねぇとは・・・このまま死ね」
「政宗様、あまりそいつを引っ張ると抱きつかれている様まで苦しむ羽目になりますよ」
小十郎が諌めると漸く渋々ながら政宗は幸村から離れ、幸村も落ち着きを取り戻しを解放した。
はやっと深呼吸をすると面々を見回した。
そして、漸く実感する。
帰って来れたのだと、自分の居場所へ帰って来れたのだと。
「幸村殿、兄上様、御館様、佐助、小十郎。心配掛けて申し訳ありません。この通り、私は無事です」
「、気にするでない。此度はわしらの警備の手薄を突かれも同然。のせいではない」
「そうそう。俺らがちゃんと守ってればこんな事にもならなかった」
その言葉には静かに首を横に振った。
「いいえ、これは結局、私が引き金です。母、義姫は伊達家の人間。伊達の者が始末を着けねばならぬ事です。
そして、松永は私が必ず決着を着けねばならぬ事。御館様達、武田軍には御迷惑を御掛けしたに過ぎません」
「That's right!の言う通りだ。さっき、俺も真田幸村を責めたが・・・これは伊達の問題だ」
「だが、はわしの養女だぞ?今更、この戦、関係ないと手を引く武田でもないぞ?」
と政宗は信玄の言葉に顔を見合わせると深く感謝の意を示し、頭を下げた。
「有難う御座います。御館様」
「俺からも礼を言うぜ。この借りは必ず返す」
「同盟を組んだのだから礼には及ばぬ!じゃが、相手は中々手強そうじゃのう」
「何せ、あの松永久秀だ。一筋縄でいかないと思いますよ。政宗様」
皆が皆そう言うと今まで口を噤んでいた幸村が口を開いた。
「だが、某は必ず松永を討ち取る!雪辱を必ず晴らしてみせましょうぞ!」
「旦那らしいねぇ。でも、俺もやられっぱなしってのは性に合わないしね」
「うむ!二人ともよく言った!!取り敢えずは策を練るが良いな」
「そうだな。、お前は今まで松永の手に落ちていたんだ。辛いなら今回は・・・」
「いえ、私も参戦します。危害は加えられていませんですし、問題ありません」
力強くそう言い切ったを見て政宗は目を丸くする。
何処か、大きく成長した様なそんな気がしたのだ。
政宗は微笑を浮かべるとの頭を撫で、言った。
「解った。お前がそう言うなら好きにして構わねぇ。ただ、無理はするな。解ったな?」
「はい、兄上様」
「大丈夫!この幸村がしっかり御守り致しますから安心なさって・・・いだっ!?」
「てめぇが一番安心ならねぇって何回言わせりゃ気が済むんだっ!」
力強く幸村を締め上げる政宗におろおろとが口を挟む。
「あの、兄上様・・・そのへんで・・・」
「ったく、お前達も早く来いよ!」
溜息を漏らすと幸村から手を離して一足先に政宗は軍儀へ向かった。
いつ間にか残っているのは幸村とだけで呼吸を整えた幸村がに向き直る。
「本当に無事で安堵した・・・」
「幸村殿・・・私は絶対に幸村殿を一人にはしません。何があっても絶対に」
「・・・そうか。だが、それでもこの腕が届く某の・・・俺の隣に居て欲しい」
「はい・・・私はもう離れません。ずっと、幸村殿の傍に居る為にもこの戦の勝利を勝ち取ってみせます」
松永の所で何があったのか幸村は知らないがそれでも変わったの姿はとても輝いて見えた。
何があったのかと訊ねたいが今は互いの大切なものを守る為に、互いを守る為に行こうと思った。
話はそれからでも出来るのだから。
「では、参ろう。」
「はい、幸村殿」
そっと繋ぎ合ったこの手を離す事のない様に、と。
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